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ふてくされた夏の始まり

 夏休みなんて、大人が騒ぐほど心踊るもんじゃない、と千紗は思う。


 中学生にもなれば、いまさら家族旅行でもないし、何かぱっとしたことなんて、起こりゃしないのだ、夏休みだからといって。なのに、これだけだだっ広い時間が横たわっていると、どうしても何か期待してしまう。そこがよけいに始末が悪い。


 明日から夏休みが始まるという日に、父親が家を出た。新しい女の人と一緒に暮らすんだそうだ。随分長いことすったもんだしていたから、その間に流す涙も枯れるほど流したし、結構、淡々と事実を受け入れてはいたつもりだけど、なぜに夏休みの始まるその前の日に、と、千紗が素朴な疑問を持ったのも事実だ。どうせ出て行くつもりだったのなら、もっと早くてもよかったのに、と。そしたらあきれた事に、夫婦そろって、一度しかないお前たちの夏を大切にしたかったからだ、なんてぬかしやがる。


 何だ。一度しかない夏って。そういうこと言われれば、感動するとでも思ってるんだろうか。そりゃ、あたしの十四歳の夏は一度だけだ。だけど、あんたたちの四十うん歳の夏だって、一度じゃないのか。それともあたしの夏だけが一度で、それは大人によって台無しにされたりするもんなのか。まったく大人ってやつは、自分もかつては十四歳だったくせに、何もわかっちゃいない。それとも、もう忘れちゃったのだろうか、その頃を。だとしたら、健忘症が過ぎるってもんだ。


 そういう訳で、千紗は、夏休みの前日に、すでにうんざりしてしまったのだった。

 とはいっても、夏休み中、ずっとふて寝しているわけにも行かないので、朝になればしぶしぶ起きる。いや、本当はもう昼近い時間なのだけれど。

 当然、家の中はしんと静まり返っている。母親は仕事、弟の伸行は、塾の夏期講習に出かけていて、いないからだ。


 それにしても、伸行は変だ。毎朝わざわざ早起きして、ご丁寧にもラジオ体操に行き、朝食を食べ、それから塾に行っている、らしい。ま、あいつは私立中学を受験する身だから、小五とて立派な受験生。塾に行くのは当然としても、なぜ、毎朝、ラジオ体操に行くのか。わが弟ながら、理解に苦しむ。


 千紗は、中二女子としてはいかがなものかと思われる寝ぐせ爆発の頭で、もっさりとベッドから這い出すと、風呂場へ直行する。

 誰もいないのをいいことに、ちゃっかり毎朝シャワーを浴びているのだ。これからは、母親の稼ぎで暮らしていかなくてはならないのだから、お前もいろいろと慎ましくせいよ、と、弟には説教をたれているくせに、自分は毎朝、朝シャンだ。


 が、これには立派な訳がある。親が離婚しても、以前と変わりなく可愛いあたしでいることは、すごく、ものすんごく大切なことだからだ。まだ誰からも朝シャンのことで責められたことはないけれど(千紗が朝シャンしている時間には、家に誰もいないのだから当然だ)、もし文句を言われたら、その時には、びしっとこのことを言うつもりだ。


 びしょぬれの髪の毛を、タオルでゴシゴシこすりながら台所に行くと、千紗は、急に猛烈な空腹に襲われた。目を血走らせながら、ハムエッグを作り、パンを焼く。柄にもなく、千紗は料理が得意なのだ。

 料理が出来上がると、千紗は、食器棚の上の方から小花模様のディナー皿をとりだした。そこに出来たてのハムエッグとこんがり焼けたトーストをのせる。ワンプレートというやつだ。皿が素敵だから、千紗の雑な盛り付けでも、なんとなくお洒落に感じる。平日にこの皿を使うと母親が嫌がるが、留守なのを良いことに、千紗は毎朝、この皿を使っている。


 卵の黄身とバターを塗ったトーストを、がつがつと食べながら、あたしって本当に大食らいだなと思う。ここ一、二年、自分でも感心するくらいよく食べるのだ。食べても食べても、お腹がすく。この間も、お昼に焼きそば大盛り2杯食べた後、物足りなくてぶ厚いフレンチトーストを2枚も追加で作って、食べてしまったのだ。


 珍しく家にいた弟が、

「姉ちゃんすごいね。昔話に出てくる山姥みたいに食うね。ていうか、姉ちゃんて、山姥だったのか」

と、しみじみ感心したので、さすがに恥ずかしくなり、

「お前、外でこの事言いふらしたら、袋にするからな」

と、弟の頭を一発ぶん殴ってやったのだった。


 千紗は、トーストの最後の一口を紅茶で流し込むと、ふうっと満足のため息をついた。外は、上々の天気だ。蝉も鳴いている。このまま家にいても仕方ないし、あてどなくぶらぶらするか。

 冷たい水で食器を洗いながら、千紗は、久しぶりに鼻歌なんぞ歌ってみたりする。




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