第16話 『散り際に、風が鳴く』
「前方、異常発生です! ヒナゲシ軍とクラピア軍が……交戦状態に!」
ざわめく庭の西端。風に乗って届くのは、あのどこか華やかな花々の香り。しかしその華の背後に潜むのは、確かな侵略の気配。
「く……来やがったな……」
草三銃士の生き残り、ドクダミは身を伏せながら唸った。ツユクサは黙したまま、震える体を必死に地面に押し付けている。もう一人の仲間——オオバコは、既にこの庭にはいない。
そんな彼らの前を、凛とした影が歩いていく。松の苗であった。
「ここまで……乱れに乱れたか」
低く落ち着いた声。まるで風が笛を吹くように静かに語られるその言葉は、辺りを包む空気を一瞬で変えた。
「そ、松兄さん、止めたって無駄だ! あいつら正気じゃ……!」
ドクダミの叫びにも、松の苗は背を向けたまま首を横に振る。
「無駄か否かではない。——拙者は、この庭の誇りのために立つ」
その言葉に、何かを諦めていたツユクサが、ふと顔を上げた。
「……誇り、か」
ヒナゲシの紅い波が東に押し寄せる。一方で、クラピアの絨毯が地を這うように広がる。境界はもはや意味を失い、互いの領土を貪り合うようにして交錯し始めていた。
松の苗は、まっすぐにその中央へと歩いていく。
「争いが止まらぬなら——せめて、正道を示さねばなるまい」
小さなその体は、今やほとんど草木に埋もれかけていた。それでもその背筋は伸び、枝は空を指し続けている。
「この庭に、誇りある戦いを」
そう言い切ると同時に、クラピアの蔓が彼の根元に巻きついた。
「お前は、邪魔なのよ。どちらの味方でもない中立など、今さら許されると思って?」
ナガミヒナゲシが現れる。紅い花弁が戦火のように揺れる。
「命を賭すに、迷いはない」
松の苗は静かに言った。
そして——。
――ギィィィ……ン。
まるで、何かが打ち鳴らされたような音が響いた。空気が震えた。風が巻いた。
「祇園精舎の鐘の声……」
その声は、松の苗の中から洩れ出るようにして響いた。
「諸行無常の響きあり……沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす……」
蔓が締め付ける。ヒナゲシの根が彼の命を蝕む。
「おのれ……!」
クラピアとヒナゲシの双方が、異変に気付く。だが、それは遅かった。
「たとえ一片の若木なれど、我が枝葉、誇りを示す剣となれ……!」
風が巻き、彼を囲む草木がなびいた。誰も、松の苗を笑うことはできなかった。
それは、敗北ではなかった。退場ではなかった。
それは、武士の散り際だった。
——《第16話 散り際に、風が鳴く》
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