閑話休題 『風の庭にて、名もなき祈りを』
朝露がまだ葉の先に宿る頃、風がそよぎ、白詰草はそっと頭をもたげた。
この庭の片隅、雑草たちの喧噪とは無縁の静けさの中、彼女は咲き続けている。
「……おはようございます、松さま」
「うむ、良き朝だ」
低く凛と響く声が、傍らの松の苗から返ってくる。
背丈はまだ小さいが、その姿勢には揺るぎない気高さがあった。まるで、武士のように。
春を迎えた陽だまりの中で、二人は何も語らず、ただ風の流れに身を委ねていた。
「どうして、戦わないのですか?」
白詰草の問いに、松の苗はわずかに目を細めた。
「戦わぬのではない。守るため、ここに在るのだ」
「……守る?」
「草とは、ただ生きるもの。己を広げ、日を仰ぎ、雨に耐え、風に逆らう。それが宿命。
されど我は、それを越えて、ここに咲く者たちを見守りたいと思うた」
白詰草は頷いた。
彼の語る言葉の中には、力強さと共に、どこか儚さがあった。
「わたくし、ここで咲いてこられたのは……あなたのおかげです」
「違う、おぬしの根が、この地を選んだ。それだけのことだ」
言葉は厳しくとも、その声音には優しさが滲んでいた。
そこへ、ふらりと陽気な影が転がり込んでくる。
「おーい、今日も平和だねぇ!」
「やぁやぁ、名物三銃士の残り一名、ここに見参っ!」
「って、結局オレだけじゃん!」
そう言って跳ねながら現れたのは、雑草三銃士の生き残り――ナズナだった。
自称・残党代表。見た目は頼りないが、どこか憎めない愛嬌がある。
「おふたりとも、相変わらず凛としててさぁ、こっちは一人で浮いてる気がしてならんよ……」
「おぬしが浮いておるのは、己の性格のせいではないか?」
松の苗が淡々と返す。ナズナは「ヒドイ!」と声を上げて転がるように笑った。
「でもさ、最近……庭の向こうの様子、少し変わってきてない?」
「……ええ、気のせいかもしれませんが。風が、少し重い気がするのです」
白詰草の言葉に、松の苗は風上をじっと見据えた。
「何が来ようとも、恐れるな。咲くことを、忘れるな。それが草の誇りだ」
彼のその言葉に、白詰草もナズナも、胸を打たれたように静かに頷いた。
この庭は穏やかだった。今までは。
だが――風が、変わり始めている。
《閑話休題 『風の庭にて、名もなき祈りを』》
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