第13話 『愛しき日々は緑に溶けて』
その日、庭に春の風が吹いた。
ぽかぽかとした陽射しに誘われるように、タンポポはふわりと背伸びをする。
「やはり、このお庭は陽の香りが違いますわねぇ。うふふ、お日様のご機嫌もよろしいようでしてよ」
柔らかな黄色の花びらが、朝日にきらりと光る。ふわふわの綿毛を控えた彼女は、誇り高き“旧領主”。去年、6ペリカが一念発起して整えたレンガの花壇、その隙間に残った小さなスペースが彼女の拠点だ。
「お姉さま、あまり風に当たりすぎますと、種が飛んでしまいますわ」
どこからともなく白詰草が現れ、そっとタンポポの横に並ぶ。
やや控えめに、しかし凛とした佇まいでタンポポを見上げた。
「まぁ、心配性なのね、白詰草。わたくしはまだ、旅立つ気などございませんことよ? まだこの地に、希望を見ておりますもの」
「……それは、希望というより未練ではなくて?」
白詰草は首をかしげる。お嬢様と妹——二人は、長くこの庭で共に過ごしてきた戦友だった。草抜きの波にも、除草剤の霧にも、乗り越えてきた。
けれど——最近、空気が変わった。
「あの……松の苗さん、今日もまた大きくなっていらっしゃいましたわ。あの方……本当に生えたのですの?」
白詰草の問いかけに、タンポポは扇子を閉じるような仕草で葉をたたみ、鼻で笑った。
「まあ、彼は“降って湧いた”存在ですもの。名もなき空き地の陰から伸びたと思えば、さもありなん。けれど、あのお方……ちょっと、目の奥が暗いのよね」
松の苗は、何かを見ている。何かを知っている。だが語らない。
その沈黙が、彼女たちを不安にさせた。
と、そのときだった。
「ひゃっ! な、なによ今の!」
「っ……風、じゃありません……何か……何かがこちらに、近づいてきています」
タンポポがふるりと花びらを震わせた。土の下、微かに響く「気配」。
ざわざわと地面が騒ぎ出す。
「こ、この感じ……わたくし、知っていますわ……以前もありましたの、こういう震えが……」
「姉さま、それって……まさか、また“あの”時のような——?」
タンポポは強張った顔で庭の奥を見つめた。
——それは、かつて彼女が主役だった日々の記憶。
6ペリカの笑顔と共にあった、華やかな時間。けれどその後訪れた、無慈悲な抜き取りの嵐。
そして今——
「来ますわね、新たなる者たちが……しかも、複数……」
白詰草は静かに頷いた。
「……でも、私たちは逃げません。あの方が、あの庭を大切にしていたように、私もここを守ります」
「ふふ……まあ、頼もしくなりましたこと。ああ、でもわたくし、お可愛らしい妹が巻き込まれるのは嫌ですわ」
二人は花を寄せ合いながら、かつての戦友たちを見送った場所へ目をやった。
その視線の先には、まだ誰もいない。けれど、草たちにはわかる。新たなる「侵略者」が、静かに牙を研いでいることを。
春の香りに乗って、戦の気配が近づいていた。
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《第13話 『愛しき日々は緑に溶けて』》
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