第12話 『すれ違いの芽吹き』
庭は、静かだった。
正月の浮かれた空気も、福袋に詰まった希望の芽も、数日を経て静かに落ち着きを見せていた。だが、6ペリカの心だけはざわついていた。
「ちょっと見てよ、パットン。クラピアが…もうここまで伸びてるの」
花壇の端に広がる緑を指さしながら、6ペリカは苦笑した。まだ1月とは思えない。暖冬だとは聞いていたが、ここまでとは。
それに、あの赤いヤツ──ナガミヒナゲシも、福袋に入っていた覚えはない。
「ふーん、クラピアって繁殖力強いんだろ?これなら雑草も抑えられるし、いいんじゃね?」
パットンの返答に、6ペリカはぴたりと動きを止めた。
「……雑草も、花も、一緒くたにしないでよ」
小さな声で呟くが、パットンはそれに気づかない。スマホ片手に、新年会で盛り上がった同僚との写真を眺めている。
「それよりさ、ちょっと話があって──」
パットンが声を潜めるように続けた。
「例の件、そろそろ真剣に考えてみない?」
「例の件?」
「俺の店。脱サラして、庭の土地を使って店を出したいんだ」
パットンの声には、夢を語る少年のような高揚感が混じっていた。
だが、6ペリカは耳を疑った。
「……え? 庭を潰すってこと?」
「潰すって言い方すんなよ。コンクリ敷いて、ちょっと小洒落たカフェとか……ほら、最近流行ってるじゃん?」
視界が歪んだ気がした。
ガーデニングは、6ペリカにとってただの趣味じゃなかった。日々の暮らしの支えであり、感情のはけ口であり、何より自分自身のアイデンティティだった。
その“庭”を、カフェの床に変えると言われて、はいそうですかと頷けるわけがなかった。
「そんなに簡単に言わないでよ……私がこの庭をどんな思いで手入れしてるか、知ってる?」
「でもさ、このままだと草だらけじゃん?それなら有効活用した方が──」
「そうやってまた、自分の都合だけじゃない!」
声を荒げた自分に驚いて、6ペリカはすぐ口をつぐんだ。
パットンも言葉を失ったまま、ただ立ち尽くしている。
冷たい風が吹き抜ける。
庭の中心、花壇の奥で、ナガミヒナゲシが風に揺れていた。まるでこの混乱を楽しんでいるかのように、赤い花びらが小さく震えていた。
6ペリカは、その存在に気づいていない。
だが、確実に何かが芽吹いている。人の心にも、草の世界にも。
——《第12話 すれ違いの芽吹き》
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