表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

第9話 『静かなる侵略』

冬の陽が低く、斜めに地表を撫でている。


それは、ある日突然始まったわけではなかった。ただ、草たちには確かに「異変」として感じられたのだ。

日中の気温は例年より高く、霜が張ることもほとんどなかった。だが、それでも。今は冬のはずだ。眠るべき季節のはずだった。


「……チガヤ、あれ……見えるか?」


スギナの声には、普段の張りがなかった。いつもなら、見つけた雑草をいち早く報告し、駆除の指揮を執るような声色だ。けれど今日は違う。震えている。草である彼が、根元から揺れているのがわかった。


チガヤは地面を這うように伸びる緑に視線を向けた。まだ完全に広がってはいない。だが、その密度、その張り付き具合は……。


「……あれが……“奴”か」


言葉に出すのを躊躇った。それは名前を呼ぶことで、侵略を現実のものとしてしまう気がしたからだ。


「クラピアだよ、間違いない」


セイタカアワダチソウが口を開いた。声は乾いていて、どこか焦燥が滲んでいた。彼は過去に一度だけ、クラピアの拡大を見たことがある。ある空き地の全てを覆いつくした悪夢のような光景。そこに他の草の姿はなく、ただ一面、緑。緑。緑……。


「嘘だろ、あいつ……冬だぞ。こんな時期に……」


スギナが呟く。


「それが、奴のやり口だ。冬の終わりに動き始める。他がまだ眠っているうちに、根を張り、勢力を拡大する。そして気づいた時には、もう……手遅れだ」


セイタカの言葉に、空気が凍った。


——地を這う、常緑の侵略者。

——根を張り、断ち切っても残滓が蘇る。

——覆われた地面は、二度と他の草の種を許さない。


それがクラピアだった。除草剤すら、広範囲に撒かねば効果を成さず。引き抜こうにも、地下茎はしぶとく土に残り、数日で復活する。


「このままじゃ……俺たち、春を迎えられねえかもしれねえ」


チガヤが吐き捨てるように言った。冗談ではなかった。日々少しずつ、あの緑は広がっている。昨日と今日で、明らかに違う。しかも、花壇の端から始まり、今やレンガの隙間にまで入り込んでいるのだ。


まるで、「ここは私の領域」とでも言うかのように。


「スギナ、セイタカ。これはもう……奴の到来と見ていいのか?」


チガヤが問いかける。


「いや……違うな」セイタカが首を振った。「これは“予告”だ。奴はまだ、本気を出していない。ただ、ここにいるという宣言をしただけだ」


恐怖が走った。これが、遊び半分の侵略だというのか。


「じゃあ、本気を出したら……?」


誰かがそう呟いた時、遠くから風が吹いた。冷たくも湿った、どこか腐葉土のような匂いを孕んだ風だった。


スギナはその匂いに微かな違和感を覚えた。何かが……目覚めようとしている。まだ沈黙のまま、ただ密やかに、地面の奥底で、春の胎動を待っている。


「気づかれたな、我らの存在に……」


スギナの根の奥がざわついた。


まだ、始まりに過ぎない。だが、それこそが一番恐ろしい。草たちの戦争は、いつも静かに、音もなく始まるのだ。


そしてその日は確かに来る。春。

新芽が顔を出し、陽射しが強まる頃——


奴は、笑っているかもしれない。


《第9話 静かなる侵略》


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


お楽しみいただけましたら、ぜひ「評価(⭐︎)」をポチッと押していただけると嬉しいです!

5つ星を目指して、草たちも地上で健気にがんばっております。

そして、もし続きが気になるな〜と思っていただけたら、ブックマークしていただけると励みになります!


物語は、ちょっとずつ…けれど確実に変化していきます。

「えっ、これ草の話だったよね?」と思う展開も、きっとあるかも。


草にもドラマがある。

次回も、どうぞよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ