退魔の子
「わたしを殺して」
山奥にある古い神社のなか、少女は確かにそう言った。
少年は、その言葉に体が動かない。いや、動きたくなかった。
「早くして。もう、妖魔を抑えきれない」
少女の泣いてる顔を見ると、とてもそんなことは出来ない。
自分達はただ、退魔協会という霊的なモノを管理する組織の命令で、この神社に封じられている妖魔の封印を、補強しにきただけなのに。
なのに。なんで、封印が解けてしまった? なんで、妖魔が少女に取り憑いた?
繰り返される自問自答。答えの出ない堂々巡り。
「ダメッ!」
少女の体から、黒い靄が溢れ出す。それは、無数の触手となって、少年に襲いかかる。
「くっ」
少年は、身を低くして触手をかわす。境内に立っている木に飛び移って、触手から逃げる。
「もう、いやだよ。こんなこと、したくない」
少女の泣き声とは裏腹に、襲いかかってくる触手を、少年は必死に避ける。
木の枝が折られ、先程まで、足場にしていた本殿の屋根が崩された。それでも触手は執拗に、少年を追いかけてくる。
「くそっ!」
どうすれば? 浮かんでくるのは、最悪の答え。
でも、それは出来ない。出来るワケがない。
少女は理性を失っているワケでも、ましてや、今の状況を楽しんでいるワケでもない。
泣きながら、自分を止めて欲しいと待っている。自らの命を犠牲にして。 だからと言って、そんなこと、出来るワケがないだろう。
「うっ、うぇっ。もう、いや……だよ」
今だって、あんなに泣いてるじゃないか。
せめて、理性を失っていれば。せめて、この状況を楽しむような残酷なヤツだったら。
どんなに思っても、変わらない現実。
少年は、石畳の上に飛び下り、触手から逃れる。
「ハァッ……ハァッ……」
息が苦しい。神社のあっちこっちを飛び回ったせいで、体力も限界に近い。このままでは、いつか殺されてしまう。 それなのに、まだ答えが出てない。どうすることも出来ない。
絶望的な状況だった。
「連也君。わたしのことは、気にしないで」
でも、少女は泣きながら微笑む。
「お前。本当にそれでいいのかよ?」
「うん。わたし、退魔師だから」
「退魔師だからなんだよ?」少年はそう言いたかったが、言葉を無理やり飲み込んだ。
かわりに、黙って少女に頷く。
「ありがとう」
少女は、少年がこれから行おうとしていることに、満面の笑みを浮かべてお礼を言った。
ちっくしょぉぉおおおっ! 本当にこんなことでしか、少女を絶望から解放できないのか?
だとしたら、俺はなんて無力なんだ。
少年は歯を噛みしめ、強く拳を握った。
「連也君!」
少女から出ている黒い靄の触手が、少年に襲いかかる。
「うぉぉおおおっ!」
少年は、空高く舞い上がって、触手をかわした。空中で蹴りの体勢を作り、気と呼ばれる生体エネルギーを、右足に集中させる。
なるべく少女が苦しまないように、一瞬で決めよう。
「ごめんな。流花」
少年は、急降下した。全てを込めた右足が、少女に炸裂する。
それは、悲しくて残酷で、とても優しい必殺技。
その日。少年は、1人の少女を殺した。