第98話:失敗作
ともちゃんや眞鍋さんとの通話を終えた私は、ベッドの上で臥せっていた。枕へときつく顔を押し付け、何をするでもなくただただ臥せっていた。
「はぁ・・・」
枕からほんの少しだけ顔を浮かせながら、私は溜息を零す。
「私、最低だ・・・」
私は、眞鍋さんに本当のことを言えなかった。明らかにバレているだろう夏姫と夏樹の関係性について、説明することができなかった。
それは私の心の弱さから来るもので、このことが周りに広まったらどうしようとか、新しく関係を築けた人たちが離れていったらどうしようとか、自分のことばっかり・・・。
怖かった。せっかくここまで頑張ってきたことが、全て無駄になってしまうんじゃないかって・・・。嫌だった。桜ちゃんや彩音ちゃんたちにまで私の抱える秘密が伝わり、彼女たちに拒絶されてしまうのが・・・。
だから、嘘を吐いた。私は夏樹ではないと、そんな名前の男子など知らない、と・・・。
「・・・・・」
そうしてベッドの上で意味もなくゴロゴロすること数時間後、私は心配してやって来た雪ちゃんに促されてお風呂場へと向かう。
「夏ちゃん、大丈夫?」
「・・・・・。うん・・・」
私の様子がおかしいことは、雪ちゃんも気が付いているだろう。彼女はこう見えて人の心の変化に敏感だし、そもそも私が動揺し過ぎて挙動不審だし・・・。
「何か相談があるなら、話は聞くから」
「うん、ありがと・・・」
シャワーで汗を流し、ちょっと熱めの湯船で疲れを癒し、そのまま伯母さんが準備した夕食を食べて自室へと戻る私。
「ん?ともちゃんから?」
そうして部屋へと戻った私がふと机の方に視線を向けると、夏姫のスマホが点滅していた。
「もしもし?夏姫だけど・・・」
「ああ、なっちゃん?今ちょっとだけいい?」
数時間前と同様に、ともちゃんの声は落ち着いていた。
「今度の金曜日にさ、私の部屋に来れない?」
「え?」
「ちょっとそこで、大事な話がしたいっていうか・・・」
「・・・・・」
ともちゃんの家に行くことは、おそらく可能だろう。今は母さんによる地獄の受験対策講義期間中ではあるものの、然るべき理由さえあればそのくらいの融通は利くはずである。
「じゃあ、詳しい話はその時で・・・」
そして、ともちゃんからの通話はあっさりと切れた。
「・・・・・」
再び真っ暗になってしまったスマホを、私は机の上に丁寧に置く。そして、重い溜息を零す。
「はぁ・・・」
順調に行っていたはずの私の女子としての生活は、こうして再び危機を迎えていた。今すぐにどうこうなるものではないのかもしれないけれど、今回の出来事は私の精神を大きく摩耗させ、私が新しく形成し育ててきた夏姫という名の少女の人格を大きく歪ませていく。
「・・・・・」
臆病で泣き虫で自分本位でそのくせ寂しがり屋で・・・、そんな残念な感じに仕上がってしまった夏姫という名の少女。
「私は、本当に最低だ・・・」
そんな残念少女である夏姫という名前の私はそう呟き、もう何度目となるかも分からない溜息を零すのだった。