第97話:迷い
「もしもし?眞鍋だけど・・・」
「あ、どうも、一色です・・・」
緊張感溢れる眞鍋さんとの遣り取りは、そんなありふれた挨拶から始まった。
「何かゴメンね?色々と気を遣わせちゃってさ」
「・・・・・」
私の幼馴染の一人であるともちゃん、そんなともちゃんの親友の一人である眞鍋 沙紀さん。私と彼女はかつてのクラスメイトであり、当時は性別の違いもあってかそこまで接点はなかった、と思う。
「あんまし長くなるのもなんだし、早速本題に入りたいんだけどさ。夏姫ちゃんて、夏樹君だよね?」
「・・・・・」
竹を割ったような性格のともちゃんに似て、眞鍋さんもまた直球的というか率直というか・・・。
「それを答える前に、一つだけ確認しておきたいんだけど、いい?」
「・・・・・」
「仮に、私があなたの言うところの夏樹君だったとして、あなたはその後どうしたいの?」
「・・・・・」
私は、ともちゃんほど眞鍋さんのことを知らない。ともちゃんは彼女のことを信頼しているみたいだけれど、私は眞鍋さんについて何も知らな過ぎる。
「特に、何かをどうするって話ではないんだけどさ・・・。でも、夏樹君のスマホにメッセージとか送っても中々返ってこないし・・・」
「・・・・・」
「夏樹君がどう思っていたかは知らないけどさ、私は友達だと思っていたんだよ?皆で一緒に買い物とかも行ったしさ、それなのに、顔も合わせずにいなくなっちゃって・・・」
それは・・・。
「だから、またお話しできるなら仲良くしたいなぁ~って。もちろん、昔がどうとかそういうことは言うつもりないし。ただ、ずっと気になっていたから、それだけ確認したくてさ」
私は、机の端で埃を被りかけている夏樹のスマホへと視線を向ける。
「・・・・・」
そう遠くない未来に解約する予定であったそれには、今もなお極稀に夏樹宛てのメッセージが届く。だけれど、もうどこにも夏樹という人物は存在しない・・・。
「たぶん、皆には言えない何かがあったんだって、あの時は話しててさ。特に知美は相当落ち込んでいたし」
「・・・・・」
「だから、このことについて誰かに言うつもりもないし。だけど、私の中のモヤモヤを終わらせたいっていうか、何ていうか・・・」
「・・・・・」
私は、不義理なのだろうか?私は、冷たい人間なのだろうか?
あの時の私は自分自身のことでいっぱいいっぱいで、一緒の教室で過ごしてきたクラスメイトたちのことはほぼほぼ頭になかった。この秘密を守ることにのみ必死で、だからあの時、私は夏樹という存在ごと過去のクラスメイトたちを切り捨てたのだ。
「ねえ、眞鍋さん?」
「・・・・・、何?」
「あなたにとって大事なのは、夏樹君?それとも私?」
「・・・・・」
私にとって何よりも大事なのは、今であり未来だ。これから先の私は夏姫としてでしか生活できないし、そのためには既に過去のものである夏樹という存在は寧ろ邪魔でしかなく、可能であれば皆の記憶ごと抹消したいくらいなのである。
「私はね、どっちも大事だよ。一緒のクラスで笑い合った夏樹君も、今日一緒にバカなことした夏姫ちゃんも、どっちも大事だよ」
・・・・・。
「だから、どっちがより大事だとかは、決められないかな。夏樹君が今元気にしているのかとっても気になるし、これから先夏姫ちゃんとも仲良くして行きたいから」
そっか、そっか・・・。
「もう一度だけ訊くね?あなたは、夏姫ちゃんは、夏樹君なの?」
「・・・・・」
「夏樹君は、今も元気にしているの?」
「・・・・・」
私はその問いに対してたった一言、短く答える。
「そっか、答えてくれてありがとね?」
「・・・・・」
「じゃあ、また」
「・・・・・」
通話を終えた私は、手に持っていた夏姫のスマホを机の上へと雑に投げ捨てる。そうして放り投げられたそのスマホは机の上を転がり、やがて夏樹のスマホへとぶつかってその動きを止めた。