第95話:確信
「あおええぇぇぇぇぇぇえぇえぇぇえぇぇえ!!」
とあるカラオケ店の室内に、桜ちゃんの絶叫が響き渡る。それは最早歌などではなく、ただの猛獣の叫び声であった。
「ねえ、ちょっとトイレ行かない?」
「え?」
「うふふふふ」
「・・・・・」
雪ちゃんは、ノリノリで歌う桜ちゃんに向かってこれまたノリノリでタンバリンを振っていた。彩音ちゃんは頼んでいたポテトを齧りながら、スマホを眺めていた。
「・・・・・」
私と眞鍋さんはそんなカオスな空間からそっと抜け出し、店内に設置された女子トイレへと向かう。
「他には誰もいないわね・・・。ちょっとだけ、話いい?」
近くに誰もいないことを確認した眞鍋さんが、そう言って私に近寄ってくる。
「勘違いなら申し訳ないんだけれど・・・。あなた、一色 夏樹君でしょ?元峰島中学の・・・」
「・・・・・」
「苗字も同じ一色だし、それにその顔・・・」
眞鍋さんは私の足下から頭の天辺まで視線を彷徨わせ、最後にその視線を私の顔に固定する。
「初めて見た時は、ただのそっくりさんかと思ってたんだけれど・・・。でも、名前だけじゃなくて言動もあの頃のまんまだし・・・」
私が女子として生活するようになってから、もう一年近くが過ぎている。当然その間に私は身長やお尻だけでなく中身だって成長しているはずであり、自分としては結構変わっていると思うんだけどなぁ・・・。
「眞鍋さん、だったよね?」
「・・・・・。ええ、そうだけど?」
「あなたの言っている一色 夏樹君がどこの誰かは知らないけれど、私と眞鍋さんは今日がはじめましてだよ?」
「・・・・・」
この期に及んでなお、私は必死の抵抗を試みる。これが非常に苦しい抵抗であることは解っているのだけれど、だからといって諦めてしまったらそこで人生終了なんだよ?!
「そっか、そうなんだ・・・。ごめんなさいね?私、ちょっと勘違いしてたっていうか」
そうなんですよそうなんだよ!夏樹と夏姫は非常に良く似ているかもしれないんだけれど、全く全然別の人間なんですよ!!
「とりあえず、せっかくここまで来たんだし、トイレ行っとこっか?」
「う、うん・・・」
そうして非常に気マズく緊張感のある空間でトイレを済ませ、私たちは廊下へと向かう。
「あ、そういえば・・・。知美からこんな画像貰ったんだった」
「え?」
トイレを済ませ部屋へと戻るその途中で、眞鍋さんは私にスマホの画面を見せてくる。
「こ、これは・・・?」
「夏樹君のメイド服姿」
「・・・・・」
え?何でこの写真が眞鍋さんのスマホに?
「この衣装、私のお姉ちゃんが作ってくれたんだぁ~」
「へ、へぇ~?」
「この子、あなたにとっても良く似てるでしょ?」
「・・・・・」
眞鍋さんの手が、私の下腹部へと伸びる。そしてその手はそのまま私の股間を鷲掴みにし・・・。
「ひゃん?!」
私の口からは、自分のものとは思えないほどに可愛らしい悲鳴が飛び出した。
「ふむふむ、なるほど・・・。ブツは無し、と・・・」
「・・・・・」
「つまりこれは女装ではなくて、う~ん?」
「・・・・・」
これはもう、詰みだろう。せめて苗字を変えるとか名前をもっと大幅に変えるとかできていたならば、ただ顔が似ている人で押し通せた可能性もなきにしもあらずだったんだけれど・・・。
「あ、あの、眞鍋さん?」
明らかに夏樹イコール夏姫を確信している様子の眞鍋さんに、私は声を掛ける。
「この話の続きは、夜にスマホで・・・」
「・・・・・」
今の私にできるのは、そう言葉を発することだけであった。