第93話:羽休め
夏休みが始まってから、五日が経過した。その間私たちは母さんによる地獄のスパルタ授業を受けており、既に満身創痍だった。
「だがしかし、今日は違う!今日だけは、地獄から解放される!!」
夏っぽいガーリーな格好をした雪ちゃんが、力強く宣言する。
「いざ行かん!私たちの楽園へ!!」
そして、そんなテンションが壊れ気味の雪ちゃんに引っ張られながら歩道を早足で歩く私。
「桜たちに会うの久しぶりだなぁ~」
「そうだねぇ~」
「今日は私たちが知らない友達連れてくるって話だし、楽しみだねぇ~」
本日は、夏休み期間中の数少ない休日。受験モードでピリピリしている親たちから許された羽休みの時間。
そんな貴重な休みの日に、私たちは駅前へと向かっていた。私たち中学生だけで遊べそうなのは駅前くらいしかなく、本日は桜ちゃんたちとそこで息抜きをしようというわけなのである。
「おぉ~、人がいっぱいだぁ~~」
辿り着いた駅前には、多くの若い人たちがいた。
「今は夏休み中だから、学生が多いよねぇ~」
彼等は普段滅多に見せることのない私服姿で楽しそうに語り合っており、それが今は夏休み期間中だということを思い出させてくれる。
「お?あれは、新地君?」
そして、そんな若い人たちの中には私たちの知り合いも混じっていて・・・。
「新地君、デート中かな?」
半袖にジーンズというラフな格好の新地君が、お洒落な格好をした女子と連れ立って歩いていた。女子の方はつば広の麦わら帽子を被っていたため顔は分からなかったけれど、受験生だというのにいいご身分だねぇ~?
「おうおうおう、新地君も隅に置けないねぇ~?てか新地君って、夏ちゃんのことが好きだったんじゃないの?」
「・・・・・」
いや、知らないし・・・。
「鈴木君へのあの反応を見るに、絶対そうだと思ってたんだけどなぁ~。違ったのかな?」
「・・・・・」
私たちの視線の遥か先を、二人は並んで歩いている。そんな二人はカラオケ店の前で立ち止まり、二人っきりでそこに入っていく。
「若い男女が狭い密室に二人きり、大丈夫かな?」
「・・・・・」
「ア~ンなことやアハ~ンなことにならない?」
「いや、知らないし・・・」
私はほんの少しだけ気マズい思いを抱えながらカラオケ店から視線を外し、小さな溜息を零す。そしてそのまま駅前に並ぶ店を眺めながら時間を潰し、桜ちゃんたちが来るのを待つ。
「お~い!!」
そうして待つこと十分後、私たちの耳へと届く聞き慣れた声。それは駅前のロータリー方面からではなく、駅中から聞こえてきた。
「お待たせお待たせ、友達が今着いてさ!!」
私たちの視線の先には、三人の女子がいた。一人は桜ちゃんで、もう一人は彩音ちゃんで・・・。
「はじめまして。私の名前は眞鍋 沙紀です。峰島中学校の三年生で、彩音たちとは幼馴染です」
そう言ってニッコリと笑ったその少女は、かつて私にメイド服を着せて遊ぼうと企画した張本人であり、ともちゃんの親友の一人であるさっちゃんその人であった。