第92話:地獄・・・
夏休みに入ってから、二日が経った。私は勉強道具一式を持ってリビングにおり、そして・・・。
「いい、二人とも?夏休みを制する者は、受験を制するのよ?」
「「・・・・・」」
私の目の前には、死んだ魚のような目をした雪ちゃんがいた。そして、そんな雪ちゃんと私の横には、母さんがいた。
「今年は無理言って部活担当を外してもらったし・・・。今年の夏はみっちりと行くわよ?」
「「は~い・・・」」
現役高校教師による受験指導、それは、思っていた以上にスパルタだった・・・。
「雪ちゃんは、とにもかくにも基礎の反復から。先ずは覚えるべきところを全て覚えることから始めて、応用は最後にしましょう」
「はい・・・」
「夏姫は概ね基礎はできてるから、あとは応用だけね。はい、これ。私が買ってきた問題集」
「・・・・・」
テーブルの上にうず高く積まれたそれを見て、私は言葉を失う。私たち、まだ夏休みの宿題も終わってないんですけど?
「大丈夫、それはそれでちゃんとやってもらうから」
「「・・・・・」」
「もちろん雪ちゃん用の問題集もあるからね?はい、これ」
「「・・・・・」」
昨年とは違い、今年は二年生の副担任であるらしい母さん。そんな母さんは顧問を務めていた部活動すらも放り投げて、私たちの勉強に付き合ってくれている。
一方で父さんは今年も忙しいらしく、昨年に引き続き三年生の学年主任を務めているらしい。最後に会った時にも目の下にクマができていたし、体を壊して倒れてしまわないか本気で心配な今日この頃である。
「「「・・・・・」」」
朝の九時には雪ちゃんの家へとやって来て、お昼には私たちの昼食を作って・・・。
「雪ちゃん、集中して?」
「はい・・・」
「夏姫、そこ違う」
「ハイ・・・」
そのまま伯母さんが帰ってくるまでひたすら私たちの横で指導をして・・・。
「それじゃあ、また明日ね?」
「「・・・・・」」
それは、学校での授業よりも何倍も濃くて・・・。
「夏ちゃん・・・。私、ノイローゼになりそう・・・」
「・・・・・」
そうして弱っていく私たちを、伯母さんはニコニコ顔で見ていた。
「流石は現役高校教師、頼りになるわねぇ~」
「「・・・・・」」
私たちに、逃げ場などなかった。私たち受験生に、夏休みなんてなかった。
「なっちゃ~~ん!!お母さんが、鬼のお母さんが?!」
偶にスマホから聞こえてくるともちゃんの声は既に発狂しており・・・。
「陽介ぇ~~」
「な、夏姫?」
「ダズゲデェ゛~~」
「・・・・・」
そんなともちゃんから伝染したネガティブな感情を頼りになる幼馴染の声で癒し・・・。
「さあ、今日も始めるわよ?」
「「・・・・・」」
「二人とも、問題集を開いて?」
「「ハイ・・・」」
私たちの夏休みは、これからだ・・・。