第87話:不快な時間
七月に入り、ついに始まってしまった学校での水泳授業。私たちはピッチピチなスク水に着替え、時折聞こえてくる男子たちからのセクハラ攻撃に心を擦り減らしつつも、体育教師の指示に従って体を動かしていた。
「とりあえずの目標は、全員がクロールと平泳ぎで二十五メートル泳げるようになることだ。今日は一先ず全員の泳力を確認していくから、手前に女子、奥の方に男子で一列に並べ」
「「「「「は~~い」」」」」
体育教師の指示通りに一度プールサイドへと上がり、私たち女子は一つの飛び込み台を起点に一列に並ぶ。
「それじゃあ、男女ともに一人ずつ水の中に入れ。で、俺が合図を出すから、そしたら向こうまでクロールな」
約一年ぶりとなるプールの中で、皆思いの外早く泳げていた。この学校は運動部が盛んであり大半の生徒は何がしかの運動部に所属しているため、それがこの結果に繋がっているのだろうか。
「ねえ、夏姫ちゃんは二十五メートル泳げる?」
「う~ん、たぶん?」
後に並んでいた女子からの問いに、私は曖昧に答える。一応それくらいは泳げたはずだけれど、女子になってからは初めての水泳だしなぁ~。
「一色は真っ平で水の抵抗が無いから、案外早く泳げるんじゃね?」
「そうそう、伊東とか委員長みたいにデカい胸はないし。あっ、でも、ケツは意外とデカいからそうでもないかもな?」
私たちの会話が聞こえていたのだろうか、男子たちの方から下世話な声が聞こえてきた。
「ホント、最悪・・・」
「あ?最悪って、俺たちはただ本当のことを言っただけだろう?」
後から聞こえてくる一部男子と女子たちのいがみ合いを敢えて無視しながら、私はその身を水中へと沈める。
「それじゃあ始めるぞぉ~!!」
先生が持つ笛の合図とともに、私はプールの壁を蹴り飛ばす。そのまま可能な限り蹴伸びをして距離を稼ぎ、向こうの壁に向かって全力でバタ足を始めた。
「お疲れぇ~」
「どうも」
既に向こう側にいた雪ちゃんに手を貸してもらいながら、私は水の中から脱出する。
「夏ちゃん、意外と早かったね?」
「そう?」
「うん。私たち運動ダメダメ三銃士に比べたら、全然早かったよ」
「・・・・・」
クロールに続き平泳ぎの確認も終え、その後は泳力別に軽~く泳ぎの練習をして、水泳の授業は終わった。
「はぁ~、マジで最悪だった」
「ホントホント、何なのアイツ等・・・。ずっとネチネチニヤニヤ絡んできてさ・・・」
プールを後にし更衣室へと戻り、その中では女子たちによる愚痴大会が開かれていた。
「修学旅行の時から、ずっとこんな感じじゃない?」
「そうそう!特に佐久間のヤツ、マジで最悪なんですけど!!」
女子たちの会話の中心となっているのは、同じクラスの男子生徒である佐久間 圭介君。彼は修学旅行の際にバス内ゲロ事件の発端となってしまった木村さんに真っ先に絡んできた男子であり、それ以前にも女子との間で度々揉めていた。
「アイツ、マジでしょうもないガキだからなぁ~。どうにかしてアイツを大人しくさせる方法ないかなぁ~?」
「いっそのこと、アイツの玉を捥ぎ取ってやればいいんじゃない?そうすれば流石に大人しくなるっしょ?」
私たちの後方で繰り広げられる過激な会話を聞きながら、私たち四人は着替えを進めていく。水に濡れてより一層肌へと張り付いたそれは非常に脱ぎにくく、マジで面倒である。
「彩音っち、大丈夫?」
「うん、まぁ・・・」
「男子たちの言うことなんて、気にしなくていいからね?」
「・・・・・」
誰よりも早く着替え終わった彩音ちゃんの胸を制服の上から揉みしだきながら、桜ちゃんは言う。
「全く、私たちの至宝を汚れた目で見るなんて、本当に許せませんなぁ~」
「そうそう!彩音のCは私たち三人の物で、アイツ等に渡す物なんてこれっポッチもないっての」
ジト目の彩音ちゃんによって振り払われた桜ちゃんの手は、虚空を彷徨う。そしてその手は着替え終わった私のお尻の方へと伸びていき、それを私は鉄壁のガードで牽制する。
「それにしても、最近の佐久間君には困ったもんだねぇ・・・」
「本当にねぇ・・・」
更衣室を出て廊下を歩き、私たちは教室へと向かう。
「いっそのこと、体調不良ってことにして水泳の授業休む?」
「う~む・・・」
そうして辿り着いた教室には、既にクラスメイトの男子たちがいて・・・。
「「「「「・・・・・」」」」」
どことなくいつもの空気と違うその場所に、佐久間君の姿は見えなかった。