第86話:夏のプール
七月になった。そして、学校では水泳の授業が始まった。
「あぁ~、ついにこの時が来てしまった・・・」
最近はただでさえ暑かった外気温が更に爆上がりし、日中の気温が三十度を超える日が珍しくはなくなった。そんな中で男子たちは無邪気に夏のプールの到来を喜びながら歓迎し、一方の女子たちはボディラインがモロに出るスクール水着を着ることに難色を示していた。
「「「「「はぁ~」」」」」
プール専用の女子更衣室内では、クラスメイトの女子たちが大きなタオルで体を覆いながら水着に着替えている。そして、重苦しい溜息が何重にも重なって聞こえてくる。
「腹肉が、腹肉が・・・」
「憎い、憎らしい・・・。昨晩食べたすき焼きの肉が憎らしい・・・」
複数の女子たちが己の脇腹を水着の上から摘まみながら、怨嗟の声を垂れ流している。そんな彼女たちは特段太っているとかではないのだけれど、十代の乙女としては色々と譲れないものがあるらしい。
「あ~あ、マジで最悪!何で男子たちと一緒にプール行かなきゃいけないのよ!!」
「ホントホント!この水着ボディラインがモロに出るし、マジで最悪なんですけど!!」
また別の女子たちが、マジで最悪を連呼している。彼女たちは日頃教室内で男子たちとぶつかることが多いグループで、今回の件を切っ掛けにまたしょうもない衝突を起こさなければいいのだけれど・・・。
「「「「・・・・・」」」」
そして、そんな女子たちの不満の声を聞きながら、私たちイツメンの四人も渋々水着へと着替えていく。
「はぁ~、毎年毎年この季節は憂鬱だよ・・・。何が悲しくてこんな可愛くもない中途半端なエロ水着を着なきゃいけないのか・・・」
そう言って、桜ちゃんは重い溜息を零している。
「本当にねぇ~。せめてもっと可愛いのとか、もしくは女子だけで授業とかならいいんだけどさ」
そう言って、雪ちゃんは頷きながら桜ちゃんに同意している。
「「・・・・・」」
そして、残る私と彩音ちゃんは水着によって浮き彫りにされてしまったボディラインを少しでも隠そうと悪足掻きし、無言のまま水着を弄っていた。
「二人とも諦めなよ。それ以上は無理だって」
「そうそう。彩音のCはどうやったって隠しようがないし、夏姫ちゃんのお尻だって動いてれば食い込みが激しくなって結局無理だしさ」
そう言いつつも、目の前の二人は指で水着のお尻の部分を逐一修正しており、そんな二人を私と彩音ちゃんはジト目で眺める。
「と、とりあえず行くよ?あんましのんびりしてると遅刻するし!!」
「そうそう!!水の中に入っちゃえばどうせ見えないし?」
プールへと向かう女子たちの足取りは、重い・・・。プールの方から聞こえてくる男子たちの声は、明るい・・・。
「よ~し、それじゃあ準備運動をして、先ずは軽く水に慣れるところから始めるか」
いつも通りヤル気があるのかないのかいまひとつ分かり難い体育教師の指導の下、私たちは軽い準備運動を始める。
「おい、見ろよ。伊東の胸・・・」
「すげぇな・・・。あれが我がクラスが誇るCの破壊力か・・・」
男子たちのヒソヒソ声が、どこからともなく聞こえてくる。そして、それを聞いて顔を真っ赤に染める彩音ちゃん。
「はぁ、マジで最悪。これだからデリカシーの無いサルどもは・・・」
「ホントホント、マジで最低最悪・・・」
女子たちから放たれる超低音ボイスと殺気は、空気の読めない一部の残念男子たちには伝わらない。全くもって本当に残念なことである。
「おい、見ろよ。一色の胸・・・」
「悲しいな・・・。同じ女子のハズなのに、この格差はどこから来るんだろう・・・」
・・・・・。煩いよ!!余計なお世話だよ?!
「それじゃあゆっくりと水に入って、先ずは軽~く体を動かしてみろ。いいか?軽くだぞぉ~?」
「「「「「は~~い」」」」」
夏の強烈な日差しに照らされながら、水の中で適当に動き回る私。そんな私は時折聞こえてくる男子たちの下世話な会話に眉をひそめながら、ゆっくりと体を慣らしていくのだった。