第85話:自問
「え、えぇと、こんにちは・・・」
廊下で独り黄昏る小林さんに、私はそう言って歩み寄る。
「え?一色先輩?」
「ど、どうも・・・」
本当は、彼女とはもう関わるつもりはなかった。昨年の出来事もあって彼女に対する心象は最悪だし、正直な話、彼女とこれ以上関わっても碌なことになる気がしなかったからである。
とはいえ、今私たちがいるのは狭い廊下。窓の外を眺めながら黄昏てはいるものの、私が彼女の後ろを通れば流石に彼女も私の存在に気が付くだろうし、それを無視するのも何だしねぇ~?
「こんな所で、何してるの?」
「何してるって・・・」
一先ず私は、当たり障りのない会話を試みる。無難そうな会話の話題を選択し、一秒でも早くこの場から離脱するために。
「ちょっと、昼間にトラブルがあって、それで反省してるっていうか・・・」
「トラブル?」
「はい。私の友達が、その子のお姉ちゃんに私と悠君のことを話しちゃったらしくて、それでそのお姉ちゃんと悠君が揉めたって」
・・・・・。
「実は私、今年の四月に悠君に告白してるんです。好きです、付き合ってくださいって。でも、断られちゃって。それからは電話にも出てくれないし、メッセージも返してくれないし・・・」
ま、マジか・・・。
「それで、そのことを友達に相談してて・・・。フラれたのは仕方ないにしても、完全無視は辛かったから・・・」
いつの間にか、小林さんは私の胸へと顔を埋め泣いていた。
「小さな時からずっと一緒にいて、それが当たり前で・・・」
「・・・・・」
「いつの間にか当たり前に一緒にいた悠君のことが好きになってて、もう自分では気持ちを抑えられなくて・・・」
「・・・・・」
自分の胸元で泣き続ける小林さんを見て、私は心が重くなる。ともちゃんは、私の大切な幼馴染の女の子は、いったいどんな気持ちで私への告白を行ったのだろうか・・・。
「私のことは、妹みたいだって・・・。恋人としては見れないって・・・」
「・・・・・」
私にとってともちゃんは、大切な幼馴染で・・・。いつも元気で明るくて、我儘でイタズラ好きで、私と陽介をよく困らせてきて・・・。
そんな彼女は、「夏樹」のことが恋愛的な意味で好きだったらしい。今の私は「夏姫」なわけなのだけれど、それでもともちゃんは私のことが恋愛的な意味で好きなのだろうか?
「悠君にとって私は、妹でしかなかった。幼い時からずっと一緒にいたから、妹としてしか見てもらえなかった」
「・・・・・」
「もしも私と悠君が中学の時に出会ってたら、こんなことにはならなかったのに。妹としてじゃなくて、ちゃんと一人の女の子として見てほしかったのに・・・」
「・・・・・」
もしも彼女の言う通り、新地君と小林さんが中学生の時に初めて出会っていたならば、二人は結ばれたのだろうか?私とともちゃんが初めから女として出会っていたならば、結果は違っていたのだろうか?
分からない。そんなもしもの話なんてされても、分かるわけがない。そんな中でもただ一つだけ確かなことは、私が男であろうと女であろうとともちゃんは大切な幼馴染であるということだけ。
「ごめんなさい。制服、汚しちゃって」
そう言って離れた小林さんの顔は、いつぞやの時みたいに涙と鼻水で汚れていた。そしてそんな彼女が顔を押し付けていた私の制服も、彼女の涙と鼻水で汚れていた。
「「・・・・・」」
私は無言のまま、ハンカチでそれを拭う。
「だ、大丈夫だよ!洗えば落ちるし!!」
「でも・・・」
「それよりも、小林さんの方こそ顔を拭きなよ。今、酷い顔をしてるよ?」
「・・・・・」
その後一言二言だけ交わし、私たちは別れた。去年のこともあって私たちは非常に気マズい間柄だし、小林さんも一通り吐き出せたみたいだしね。
「・・・・・」
改めて図書室へと向かいながら、私は考える。私とともちゃんの今の関係は、いったい何と表現すればよいのだろう?
「恋人なんかじゃない。でも、もうただの幼馴染でもない」
それは甘酸っぱくなんてなくて、寧ろどこかほろ苦くて・・・。
「ともちゃん・・・」
重くて深い溜息を零しながら、私は歩みを進めるのだった。