第84話:痴話喧嘩
とある日の休み時間、私は一人でトイレへと向かっていた。本日の私は日直であり、イツメンの三人とはトイレに向かう時間がズレてしまったのである。
「ふぅ~」
いつもの如く最奥の個室へと向かい、そこでいまひとつ音量が心許ない音姫の音とともに用を足す私。そんな私はいそいそとトイレから出て、早足で教室へと向かう。
「ん?あれは、新地君?」
そうして教室へと向かっていた私の視線の先には、新地君の姿があった。彼は他のクラスの女子と何やら揉めているようであり、ふ~む、痴話喧嘩かな?
「だから、それはあんたには関係ないだろ?」
「関係ないって、そんな言い方しないでもよくない?」
「そもそも、何でこんなことあんたから言われないといけないんだよ!!」
「それは・・・」
おおぅ、思っていた以上にちゃんとした痴話喧嘩だ・・・。私は他の生徒たちがそうしているように、コソコソと二人の横をすり抜ける。
「ただいまぁ~」
「お帰り~」
「ねえ、さっき廊下で新地君と女子が何か言い争ってたんだけど」
「あぁ、それかぁ~」
イツメンの元へと戻り、私は早速情報収集を開始する。
「ついさっきあの女子が教室に来て、新地君を連れて行ったんだよ」
「そしたらさ、廊下から喧嘩する声が聞こえてきて・・・」
なるほどなるほど・・・。
「あの子、新地君の彼女なのかな?」
「さあ、どうだろう。新地君が誰かと付き合ってるって情報は聞いたことなかったんだけど・・・」
それから暫くして、新地君は戻ってきた。彼は教室内で聞き耳を立てていたクラスメイトたちを見て、非常に気マズそうな顔をしていた。
「別に、何でもないから」
「「「「「・・・・・」」」」」
明らかに何か揉めていたようだけれど、全く関係ないであろう私たち第三者が話を聞くのも何だしなぁ・・・。
「おい、新地、さっきのは彼女か?」
「彼女がいるんなら、俺たちにも紹介してくれよ。水臭いじゃね~か」
空気が読めないのか敢えて読んでいないだけなのか、複数の男子たちはそう言って新地君へと詰め寄っている。
「本当に何でもないよ。ただ、あの人は知り合いの知り合いで、その関係でちょとだけ揉めたってだけ」
そして、そんな男子たちを言葉少なげにあしらう新地君。
「彼女じゃないにしては、随分と仲良さそうだったけどなぁ~?」
「あれのどこが仲良いんだよ・・・」
「でも、喧嘩するほどって言うじゃん?」
「それ、お前が言うなよ・・・」
そうしてその話は特にそれ以上の進展を見せず、その日は放課後を迎えた。
「じゃあ、私たちは先に図書室に行ってるね?」
「うん、私もあとで行くよ」
日直としての最後の仕事を行うべく、私は雪ちゃんたちを見送る。黒板を綺麗にし日付を書き換え、その他ちょっとした雑務をもう一人の日直と共に手早く終わらせていく。
「ん?あれは、もしかして小林さん?」
全ての日直業務を終え図書室へと向かっていた私の視線の先には、窓の外をボケ~っと眺めながら独り廊下で黄昏る小林さんの姿があったのだった。