第8話:コスプレショップ
今の時間は朝の九時半過ぎ、夏休みに入ってから既に三日経ったとある日の午前の時間、僕は幼馴染のともちゃんと共に駅前へと向かっていた。
「メイド服、楽しみだねぇ~?」
「いや・・・」
「さっちゃんの話によると、チャイナ服もあるんだって」
「あ、そう・・・」
以前勝手に約束させられていた駅前にあるショッピングモールでの買い物へと、僕は強制連行されていた。部活を辞めたことによって僕の夏休み期間中のフリー時間は爆増し、それがともちゃん経由でクラスの女子たちに伝えられた結果である。
「てかさ、大丈夫なの?」
「大丈夫って何が?」
「いや・・・。そのメイド服とかチャイナ服って買うつもりないんでしょ?それを試着って・・・」
「う~ん、大丈夫なんじゃない?知らないけど」
特に深く考えることもなく、ともちゃんはそう答える。元々今回の件はともちゃんの女友達が企画したことだから、彼女も詳細については知らないらしいのだけれど・・・。
「さっちゃ~ん!皆も!!お待たせぇ~~!!!」
駅前にある木陰で涼んでいた女子たちに向かって、ともちゃんは元気に手を振っている。
「ちゃんとなっちゃんを連れてきましたぜ。げへへ」
「おぉ~!知美!!でかした!!!」
「それじゃあさっちゃん、約束のブツを・・・」
「待て待て待て!先ずは例の写真を撮ってからだ!!」
わざとらしい寸劇を始める女子たちに、僕は呆れた視線を向ける。そんな僕の視線を受けた女子たちはそれに一切構うことなく、僕の前後左右を固めていく。
「その店は三階にあるんだけどさ」
「あぁ~、最近入った店だよね?」
「そうそう!その店は普通の服は一切取り扱ってなくてさ、色物ばっかり置いてんだよねぇ~」
「へぇ~」
そうこうするうちに時間はもう午前十時過ぎ、僕たちはオープンしたてのショッピングモール内へと揃って足を踏み入れる。そしてそのまま空調の効いた建物内を進み、目的の店の前へと足早に向かう。
「皆のもの、ここがそうだよ」
「「「「「おぉ~~」」」」」
僕たちの視線の先には、お洒落な内装で飾られた一つの店があった。その店内には一風変わった衣類が多数展示されており、それを見た女子たちのテンションは爆上がりしていく。
「メイド服一式3万9800円?!」
「「「「「高っ?!」」」」」
「バニースーツ一式5800円?!」
「「「「「安っ?!そしてエロっ?!」」」」」
思いの外高かったその値段に、彼女たちはビビっている。他ならぬ僕自身も、同様にビビっている。
「あ、あのぉ~。すみません」
「はい、どうされました?」
「これ、試着とかってできますか?」
優し気な微笑みを浮かべる女性の店員さんに、さっちゃんこと眞鍋 沙紀さんが果敢に質問する。学校では傍若無人気味に振舞っている彼女も、流石に外では常識的な対応を取っている。
「はい、可能ですよ。必要であれば丈の調節とかもできますし、ちなみにどなた様が試着されますか?」
「えぇと、あの子になるんですけど」
「ふむふむ、なるほど・・・」
店員さんの視線が、女子たちによって逃げ道を塞がれている僕へと突き刺さる。
「申し訳ないのですが、お客様の身長だとこの商品は厳しいかもしれないですねぇ~」
「「「「「・・・・・」」」」」
「当店の商品は成人女性向けの物が殆どですので、サイズ的に厳しいかと」
「「「「「・・・・・」」」」」
僕が男であるとか、そんな初歩的なツッコミは一切なかった。優し気な店員さんの口から飛び出てきたのは、シンプルに身長が足りないという悲しい事実だけ。
「あちらの方に、小柄な方向けの商品もありますから、良かったらそちらもご覧ください」
「あ、はい」
「それではごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございました」
店員さんとの遣り取りを終えて、眞鍋さんは戻ってきた。どことなくバツの悪そうな彼女の顔を見て、クラスメイトの女子たちもまた微妙な表情を浮かべている。
「皆のもの、すまない・・・。私のリサーチ不足だった」
「「「「「・・・・・」」」」」
何とも言えない微妙な空気が漂う店内で、僕たちは再度品物の物色に戻る。ちなみにその日、僕が色物衣装を着させられることは最後までなかった。