第79話:深淵
今、私たちの視線の先には、禁書がある。
「「「「・・・・・、ゴクリ・・・」」」」
それは可愛らしいブックカバーで覆われており、その本の表紙を窺い知ることはできない。
「委員長が、言ってたんだ。これは秘蔵の品の中でもとっておきだって」
「「「・・・・・」」」
「昨日、一緒の部屋の子たち皆で読んだらしいんだけどさ・・・。何かもう凄くて、とにかく口にできないくらいに凄かったって」
「「「・・・・・」」」
私と雪ちゃんは、枕崎さんから借りた本を既に読んでいる。だから何となくではあるものの、この先に待ち受けているであろう禁断の光景を想像することができた。
「じゃあ、いくよ?」
そう言って、桜ちゃんはゆっくりとその本のページを捲る。
「「「「・・・・・」」」」
私たちは、四人揃って絶句する。私たちの視線の先に広がっていたのは、私と雪ちゃんが既に見た光景以上に肌色とピンク色で構成された生々しいアレやコレ・・・。
「これが、BL・・・」
そう呟いたのは、誰だったのだろう・・・。
「凄い・・・。何ていうか、凄過ぎる・・・」
圧倒的な肌色、そして卑猥なセリフ・・・。これはもう完全にR18であり、つまりアウトであった。
「つ、次のページ捲るね?」
「「「・・・・・」」」
その本を借りてきた責任故か、はたまたエロ大魔王としての矜持から来るものなのか、震える手を何とか制御しつつ桜ちゃんはページを捲っていく。
「ひゅっ?!」 「オ~マイガ~~?!」 「っ!!」 「おうふっ?!」
ページを進めるごとに、より一層色艶を増していく登場人物たち。彼等はその顔を赤く染めながら、互いの体を求めて獣のように激しく交わっていく。
「これが、深淵か・・・」
「「「・・・・・」」」
「私たちは、引き返すことのできない暗闇へと堕ちてしまったのか・・・」
「「「・・・・・」」」
そうして夜は更けていき、やがて朝が来た。
「昨日のアレ、どうだった?」
「「「「・・・・・」」」」
「うふふふふ、ねぇ、凄かったでしょ?」
「「「「・・・・・」」」」
朝食を食べ終わりお土産を購入し、時間いっぱいまで有名な史跡を巡って、そうして今は帰りのためのバスの中。私たちにそう言って妖艶な笑みを投げ掛けてくる枕崎さんに、私たち四人は返す言葉を見つけられない。
「私の秘蔵の品を読んで、木村さんも元気になったみたいだし・・・。私、同志が増えて本当に嬉しいわ」
「「「「・・・・・」」」」
行きのバス中でのゲロ事件とか、男子たちとの軋轢だとか・・・。有名な史跡巡りとか、クラスの女子たちとのお風呂とか・・・。
本当に色々とあった気がする。色々とあり過ぎて、言葉にするのが難しいほどに濃かった気がする。
「うふふふふ」
それなのに、何故だろう・・・。私の頭の中に残っているのは、肌色満載のBL漫画だけ・・・。
「ねえ、夏ちゃん?」
「ん、何?」
「私たち、戻れるかな?」
「・・・・・」
割とガチ目の深刻そうな声色で訊いてくる従妹の問いに、私は答えることができなかった。