第75話:意外な救世主
地獄と化した私たちのバスは、無事次の休憩所へと辿り着いた。添乗員さんと先生の指示に従いながら、私たちはフラフラとした足取りのままトイレへと歩いていく。
「あぁ、最悪・・・」
持ち込んだペットボトルのお茶で口を漱ぎ、そのままついでにトイレも済ませて、私はフラフラと建物の外へと向かう。
「「「「「・・・・・」」」」」
トイレの外には、私同様死んだ魚の目をした女子たちがいた。バスの中央付近には女子たちが固まって座っており、そのせいもあってかウチのクラスの女子たちはその大半が胃の中の物をリバースしていたのである。
そんな中でも幸いなことに、私がぶちまけた物は全てエチケット袋内に収まった。雪ちゃんや他の子たちもそれは同じだったらしく、本当の意味で最悪の事態だけは避けられたようであった。
「夏ちゃん、大丈夫?」
「うん、一応・・・」
幾分顔色の良くなった雪ちゃんが、そう言って私に声を掛けてくる。雪ちゃんの近くにはいつもよりも青白い顔をした桜ちゃんたちの姿もあり、今は皆仲良く新鮮な空気を求めて口をパクパクさせていた。
「酔い止めは飲んでたんだけど、あれは無理だわ・・・」
「そうだねぇ・・・。あのにおいは無理だねぇ・・・」
いやもう全くもって申し訳ない!!私たちがあの悪魔の本に魅入られてさえいなければ・・・。
「いやいや、別にあれは誰が悪いってものでもないから」
「そうそう。だから、気にしなくていいよ」
私たちはいつもの四人で固まりながら、その動きを止めたバスを眺め見る。今は運転手さんと添乗員さん、更には前原先生が必死になって車内の換気を行っている最中であり、本当にゴメンナサイ・・・。
「皆がいるバスの中でゲロとか、ホントありえないんですけど・・・」
「はぁ~、マジで最悪だよな?」
「ホントホント。誰だよ、真っ先にゲロ吐いた奴は・・・」
「せっかくの修学旅行だっていうのに、初日からこれかよ・・・。はぁ・・・」
そうしてバスの準備が整うのを休憩所の隅っこで待っていると、男子たちの声が聞こえてきた。彼等は私たち女子の方へとチラチラ視線を飛ばしながら、わざとらしく大きな溜息まで吐いている。
「「「「・・・・・」」」」
彼等の言い分も、解らなくはない。割と最初期にリバースしてしまった私としては申し訳ない気持ちでいっぱいだし、彼等は紛れもなく被害者なのだから。
だけど、それでも、もう少しだけ言葉を選んでほしいっていうか。せめて私たちに聞こえない場所で話すとか、もうちょっとだけ優しさを見せてほしいなって。
「おい、木村」
「な、何よ・・・」
「最初にゲロったのお前だろ?皆にちゃんと謝れよ」
「・・・・・」
男子グループの中から私たちの方へと歩いてきて、最初にリバースしてしまった女子生徒である木村さんにそう言葉を投げ掛ける一人の男子生徒。そんな彼を見て、私はただただ絶句する。
「ちょっと、そこまで言わなくてもいいじゃない!!」
「そうよ!紗耶香だってわざとしたわけじゃないんだし!!」
女子たちによる反撃にも、彼は動じない。彼はなおも眉尻と眦をつり上げ、私たち女子を糾弾する。
「わざとだろうとそうでなかろうと、俺たちが迷惑したのは事実なんだし。それに対して謝るのは当然なんじゃないか?」
「そ、それは・・・」
「それに、酔いやすい人は酔い止め飲んどけって先生たちも言ってたよな?それは、こういったことを予防するために言ってたんじゃないのかよ?」
「「「「「・・・・・」」」」」
ウチのクラスは、男女間で特別仲が悪いわけではないと思う。だけれど、体育後のにおいの問題とか、そういったタイミングでちょくちょく衝突が起こっていた。
今はそれを止める前原先生もバス内の換気作業で忙しいし・・・。う~む、どうすればいいんだろう・・・。
「おい、その辺にしとけよ」
「あ?」
「こんなつまらないことで言い争ってたら、それこそせっかくの修学旅行が台無しだろ?」
「・・・・・」
なおも勢いづく男子生徒を止めたのは、私のことをチビ助呼ばわりしてくる新地君。
「木村だって悪気があってやったわけじゃないし。それに、この後俺たちの誰かがゲロ吐かないって保証はないだろ?」
「それは・・・」
新地君はどこか面倒臭そうに、だけど淡々とその男子生徒を宥めながら、彼と一緒に男子たちの輪の中へと戻っていった。
「「「「「・・・・・」」」」」
私たち女子は、そんな二人をただただ見送ることしかできない。先程の遣り取りで泣き出してしまった木村さんを皆で宥めながら、私たちは重くて深い溜息を零すのだった。