第74話:限界突破
「う、うぷ、気持ち悪い・・・」
暇を持て余した私たちが枕崎さんから借りたイケナイ本を読み始めてから、三十分ほどが経過していた。その間揺れるバスの中でずっと下を向いて本を読んでいた雪ちゃんは、盛大に酔っていた。
「雪ちゃん、大丈夫?」
「無理・・・。全然大丈夫じゃない・・・」
ちなみに私も少しだけ気持ち悪くなってしまったのだけれど、今のところはまだ大丈夫そうである。そんな私はバスの窓を軽く開けて新鮮な空気を取り込み、エチケット袋をその手に握りしめながら震える雪ちゃんの背中を優しく擦っている。
「あらあら、もしかして、酔っちゃった?」
私たち同様イケナイ本に目を通していた枕崎さんが、そう言って隣の席から声を掛けてくる。
「とりあえずはなるべく窓の外を見るようにして、あとは祈るしかないわね」
「「・・・・・」」
「私くらいになるとこの程度では酔わないんだけれど、皆にはまだちょっとだけ早かったかしら?」
「「・・・・・」」
再び手に持つ本へと視線を戻した枕崎さんは、すこぶる元気そうだった。そんな枕崎さんの隣では、先程まで夢中になってイケナイ本に目を通していた女子生徒がエチケット袋をその手に持ちながら、死んだ目をしていた。
「次の休憩所まではあと三十分くらいらしいから、もうちょっと頑張って?」
「う、うぷ・・・」
そうして更に十分ほどが経ち・・・。
「あぁもう、最悪・・・」
新鮮な空気を吸って視線を窓の外へと向けた影響か、雪ちゃんの顔色は多少マシになったような気がする。少なくとも悪態を吐ける程度には回復したようなので、このまま次の休憩所までは頑張ってほしい。
「皆さん、あと五分ほどで次のサービスエリアに着きます。その次の休憩までは一時間以上開く予定ですので、トイレは必ずそのタイミングで済ますようお願いします」
雪ちゃんを看病しながら待つこと更に十分後、バスの最前列から添乗員さんの案内が聞こえてきた。それは待ちに待った福音であり、その声を聞いた私と雪ちゃんの顔には笑顔が戻る。
「雪ちゃん、あと少しだよ!!」
「うん、うん!!」
ここまで、本当に長かった。バスによる長距離移動という慣れない状況の中、枕崎さんによってもたらされた悪魔の本に魅入られて、そのまま車酔いして・・・。
だけど、私たちは耐えきった。厳密に言うと私はまだまだ余裕があったのだけれど、割とギリギリダメそうだった雪ちゃんは胃の中の物をぶちまけることなく、無事に次の休憩所まで辿り着けそうである。
「うっ、うぷ、おえぇ~~~~」
そうして、私たちは油断していた。
「えっ?ちょっと、マジで?!」
隣から聞こえてきた女子生徒のえずく声と、それに戸惑い動揺する枕崎さんの声。
「「え?」」
エチケット袋に向かって、その子は胃の中の物を吐き出していた。そして、そのせいで辺り一帯に漂う酸っぱくて不快なあのにおい・・・。
「「うっ・・・」」
そのにおいは、収まっていたはずの私たちの不快感を呼び覚まし、そして・・・。
「「う、うおぇ~~~~」」
私と雪ちゃんは、慌ててエチケット袋を手に持つ。そして、その中に酸っぱい何かを吐き出していく。
「ちょっと皆?!大丈夫?!」
バスの中央付近から発生したその不快なにおいは、周囲の席へと拡散していく。それは更なる大惨事を次々と引き起こし、バスの中は地獄絵図と化したのだった。