第70話:苦労人
ともちゃんと再びケンカ別れしてしまったその週末の土曜日、私は陽介の部屋にいた。
「むすぅ~」
「「・・・・・」」
「むすぅ~~」
「「・・・・・」」
「むすぅ~~~」
「「・・・・・」」
陽介が用意してくれた座布団の上で正座する私の隣には、同じく正座したまま姿勢を正す陽介がいた。そしてそんな私たちの目の前には、むすぅ~っと頬を膨らませる明らかに不機嫌そうな様子のともちゃんがいた。
「あ、あの、ともちゃん?」
「むすぅ~~」
私が陽介に泣きついたあの後、真面目で心優しい私の幼馴染はともちゃんとの面会を頑張ってセッティングしてくれた。彼の顔や腕には無数のひっかき傷があり、今回のミッションが如何に困難であったかが伺えた。
「この前は、ごめんね?私、ちょっとキツく言い過ぎたっていうか・・・。ともちゃんも頑張ってるのに、私、一方的に言い過ぎちゃって・・・」
私はともちゃんの顔を真っ直ぐに見ながら、そう言って頭を下げる。
「だけど、一生懸命教えてくれている陽介のことをあんな風に言われて、それでカチンときちゃったっていうか・・・。とにかく、ごめんなさい」
私は再度、深々と頭を下げる。
「頭、上げてよ」
「・・・・・」
「今回の件は、私も悪かったっていうか・・・。寧ろ私が悪かったっていうか・・・」
「・・・・・」
私がゆっくりと頭を上げると、そこにはバツの悪そうな顔をしたともちゃんがいた。
「だから、ごめんなさい。私、なっちゃんにまた酷いこと言っちゃって」
「ともちゃん・・・」
「陽介も、ごめん」
「いや、俺はいいんだけどさ」
こうして私たちは、無事仲直りを果たすことができた。前回の時みたいにいたずらに長引くことなく解決できて、私は心の底からホッとしていた。
「陽介も、ありがとね?前回といい今回といい」
隣で正座している陽介に向かって、私は頭を下げる。
「別にいいって。知美の癇癪には昔っから慣れてるし」
そう言いながら、陽介は立ち上がる。
「とりあえず、何か飲み物取ってくるから、適当に楽にしててよ」
そして、実に数カ月ぶりに部屋の中で二人きりにされる私とともちゃん。
「「・・・・・」」
沈黙が、重い。スマホ越しであれば気軽に喋れたりメッセージを送れたりするんだけれど、こうして改めて顔を合わせると何を喋っていいのかサッパリ分からない。
「今日も、スカートなんだ・・・」
「う、うん。こっちに来る時は、そうするようにしてる」
「知り合いに会った時のために?」
「まあ、一応・・・」
今の時間は午前十時過ぎ。駅に着いたのは午前九時半くらいだったから、駅前はまだ閑散としていたんだけど。
「たぶんだけど、さっちゃんたちに顔を見られたらバレると思うよ?」
「え?」
「遠くから見たら気付かれないと思うけどさ、顔はあの頃のまんまだし。髪が伸びてる分多少印象は違って見えるけどさ、分かる人にはモロバレだと思う」
え、マジで?じゃあこの格好は、無意味?
「無意味とまでは言わないけど、でも、正直微妙かも」
「おおぅ・・・」
「だから、今度来る時はズボンを穿いてきなよ。それと、もう少しボーイッシュな格好の方がいいかも」
「えぇ・・・」
そうしてどこかぎこちない会話をしていると、飲み物を持った陽介が戻ってきた。その後は三人でお昼まで勉強をし、陽介の家でお昼をご馳走になりつつ午後も三人で勉強して過ごした。そして・・・。
「じゃあ、またね?」
陽介の家の前で、私はともちゃんに別れの挨拶をする。このあとは向こうの駅まで陽介のお母さんが車で送ってくれることになったので、本日はここでお別れなのだ。
「うん」
私の言葉に、ともちゃんは短い言葉とともに小さく頷く。
「ねえ、なっちゃん」
「ん、何?」
「ちょっとこっち来て」
陽介とそのお母さんに見守られる中、私は小走りでともちゃんの元へと向かう。
「ちゅ」
それは、一瞬の出来事だった。ともちゃんは両手で私の頭を固定し、その唇を軽く私の唇に重ねてきた。そして、そのまま振り返ることもなく小走りで私たちの元から去っていく。
「あらあらあら!!」
私の後ろの方で、陽介のお母さんが楽しそうな声を上げている。その隣にいるであろう陽介は、一体どんな顔をしているのだろう。
「・・・・・」
私は熱くなってしまった顔を必死になって冷ましながら、俯き気味に用意された車へと乗り込むのだった。