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コンプレックスガール  作者: ぴよ ピヨ子
第四章:修学旅行とエトセトラ
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第69話:超限界

「陽介ぇ~、助けてぇ~~」


 五月中旬のとある日。家に着いてそのまま雪ちゃんと一緒に宿題をこなし、お風呂に入って夕食を食べ終えた私は今、頼れる幼馴染へと泣きついていた。


「助けてって・・・。夏姫、何があったんだよ・・・」


 突然のコールと私の情けない声に、陽介は困惑していた。


「雪ちゃんに、私の従妹に勉強を教えてるんだけど、全然全く理解してもらえなくて」

「・・・・・」

「今までの勉強を疎かにしていたせいで、その子はそもそも基本すら覚えてないから、もう全く手が付けられなくて」

「・・・・・」


 ここ一カ月ほど、私は頑張った。ヤル気はあれど全く成果の上がらないそれに本人共々何度も心を圧し折られながらも、頑張った。


「だけど、ちょっと私の心が限界で・・・」

「・・・・・」

「従妹のお母さんからも色々と頼まれてるんだけどさ、全然ダメで。二人には沢山お世話になってるから、力になりたいんだけど・・・」


 でも、厳しいんだよ・・・。何ていうか、厳しいんだよ・・・。


「夏姫、ちょっとだけいいか?」

「ん、何?」

「実はな、俺も知美ともみの家庭教師を頼まれててな?」

「・・・・・」


 私は、その一言で全てを理解する。


「夏姫、辛いよな。こっちがどれだけ真剣に教えても、それが全く成果として現れないのは」

「陽介・・・」

「俺は、今年の二月から時間を見つけては知美に色々と勉強を教えていたんだけどさ。今のところ、その成果はゼロに等しい」

「・・・・・」


 私は、陽介の苦々しい声を聞いて心が重くなっていく。だけどそれと同時に、同志を見つけた喜びで心が軽くなっていく。


「あいつの勉強嫌いについては今更だけど、本当にどうしたものやら・・・」

「・・・・・」

「まあ、なんだ、だからっていうわけじゃないけどさ、夏姫も元気出せよ?」

「うん、ありがとう陽介」


 そうして陽介との通話を終わらせ、私は目尻に浮かんだ涙を拭う。陽介も頑張っているんだし、私ももっと頑張らないと・・・。


「ん、電話?ともちゃんから?」


 スマホを机の端へと戻し、私が決意を新たに参考書を開こうとしたまさにその時、ともちゃんからの着信を知らせる音が響き渡る。


「はい、もしもし?」

「ああ、なっちゃん?今、ちょっとだけいい?」


 ともちゃんの声は、しなしなだった。いつもは無駄に元気なはずの声には張りが無く、う~む、どうしたんだろう?


「実はさぁ、最近、陽介が勉強しろって煩くてさぁ・・・。ただでさえお母さんたちからガミガミ言われてるのに、はぁ~、本当に参っちゃうよねぇ・・・」

「・・・・・」

「なっちゃんからもさぁ~、陽介に言ってやってくんない?家庭教師の真似事なんて止めてって」

「・・・・・」


 昔から、ともちゃんは勉強が苦手だった。より厳密に言うと、自分の興味のあること以外についてはほぼほぼ苦手だった。その性質はどことなく我が従妹様を彷彿とさせ、つまり、ともちゃんと雪ちゃんの性質はとてもよく似ていた。

 だから、ともちゃんが心底弱り切っているであろうことは容易に想像がつく。彼女は決して悪意があってこのようなことを言っているのではなく、単に疲れ果てて色々と限界なのだろうと。でも・・・。


「ともちゃんは、私たちと一緒の高校に行きたくないの?陽介と私は大宮に行く予定だし、ともちゃんも頑張るって言ってたよね?」

「それは・・・」

「一応言っとくけど、私はともちゃんに合わせて高校のランクを下げる気は一切ないから。たぶん、陽介も」

「・・・・・」


 私は、少しだけ冷静さを失っていたのかもしれない。陽介と話したばかりだったから、彼の苦労を聞いていたから、だから・・・。


「ともちゃんが私たちと一緒の高校に行きたいのなら、頑張るしかないよね?」

「・・・・・」

「私は、ともちゃんと同じ高校に行きたいよ。中学は色々あって中途半端な感じになっちゃったから、その分高校では一緒に過ごしたいしさ」

「・・・・・」


 通話口の向こう側から、ともちゃんの息遣いが聞こえてくる。それは徐々に間隔が短くなっていって・・・。


「バカ!!」


 それだけ言って、ともちゃんからの通話は切れた。あぁ、またやってしまった・・・。


「・・・・・」


 乙女心というものは、本当に難しい。私自身も生物学的には乙女に分類されるはずなのだけれど、如何せん私の心の中は男と女が混ざり合った複雑怪奇な出来損ないの状態。そんな私がともちゃんや雪ちゃん、その他大勢の乙女たちの心の内を正確に理解できる日は果たしてくるのだろうか・・・。


「陽介ぇ・・・」


 真っ暗になってしまったスマホの画面を見ているうちに、私の目尻には大粒の涙が浮かんできた。そんなどうしようもなく弱くて情けない私はか細い声で頼りになる幼馴染の名前を呼びながら、今もなお苦悩しているであろう彼へと助けを求めるメッセージを飛ばすのだった。

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