第66話:頑張るための理由
全ての授業を終え、私と雪ちゃんは家へと真っ直ぐ帰ってきた。年が明けてからは体育祭のような行事らしい行事も無いため各種活動で放課後に拘束されることはないし、文芸部という実質帰宅部に所属している私たちは部活動のために学校に残るという選択肢も存在しないからだ。
一応、偶に図書室で活動している鈴木君に会いに行くという選択肢が無いわけではないのだけれど、それをやったらまた周りから色眼鏡で見られるだろうし。色々と私のことを気に掛けてくれた彼には悪いのだけれど、休み時間に本の話をするだけで許してもらうとしようそうしよう。
「ねえ、夏ちゃん?」
「あぁ~、はいはい」
家へと帰り自室へと戻った私たちは、速攻で着替えを済ます。そして、先生たちから出された宿題に二人して取り掛かる。
「解らん?!私には解らんよ?!」
開始早々涙目になりながら駄々をこね始めた従妹を必死に宥めながら、私は宿題を解き進めていく。
「夏ちゃん・・・。この問題、間違ってない?」
「え、どこが?」
「どこっていうか、この問題全部?」
「・・・・・」
自分の宿題を終わらせ、そのついでに雪ちゃんの宿題を手伝い、気が付いたら時計の針はもう十九時前を指していた。
「雪ぃ~、夏ちゃ~ん、お風呂まだだったら先に入っちゃって~~!!」
「「は~~い!!」」
満身創痍となった従妹を脱衣所へと押し込み、私は台所で忙しそうにしている伯母さんの元へと向かう。
「伯母さん、手伝うよ」
「あら?ありがとう」
今日の夕食は、ハンバーグか・・・。
「ねえ、夏ちゃん。率直に言って、雪ちゃんの勉強はどんな感じ?」
「それは・・・」
伯母さんからの問い掛けに、私は言い淀む。率直に言っちゃうと何ていうか、致命的に厳しいから・・・。
「私も、あの子のダメさ加減は理解しているつもりなの。秋ちゃんや夏ちゃんと違ってあの子は自分の欲求に素直だし、嫌いなことはことごとく避けてきたから」
「・・・・・」
「あの子の父親は仕事で殆ど家にいないし、だから私が頑張らなきゃって、やれることは全部してきたつもりだったんだけど」
「・・・・・」
長時間に及ぶ仕事の疲れもあってか、小柄な伯母さんはいつも以上に小さく見えた。普段は眉尻を上げて雪ちゃんを怒鳴り散らかしている怖くて強いイメージなんだけれど、今の伯母さんからはそんな様子は微塵も感じられない。
「ごめんなさいね?何か愚痴っぽくなっちゃって」
「ううん、大丈夫」
「せめて、あの子が夏ちゃんの十分の一でもいいからちゃんと勉強してくれれば」
「・・・・・」
戻ってきた雪ちゃんと入れ替わりでお風呂へと入り、体を拭いてダイニングへと戻る私。
「「「いただきまぁ~~す」」」
夕食を終え食器を片付けて歯を磨き、私はそのまま雪ちゃんの部屋へと強制連行される。
「ねえ、夏ちゃん」
「ん、何?」
「お母さんと、何話してたの?」
「・・・・・」
ジロリと、擬音が付きそうなほどに鋭い視線で睨まれて、私は思わず顔を逸らす。
「私がお風呂から戻ってきた時に、何か二人で話してたじゃん」
「別に、ただ、料理の話してただけだよ」
「えぇ~、本当にぃ~~?」
雪ちゃんはその手で私の頬を挟み込んで顔を固定し、なおもしつこく問い質してくる。はぁ・・・。
「雪ちゃんの勉強はどんな感じか、それを訊かれたんだよ」
「えぇ・・・」
「最近の雪ちゃんは頑張ってるとは思うけど、あんまり結果が伴っていないみたいだから、それを心配してるみたい」
「・・・・・」
私の答えを聞いて、雪ちゃんはバツが悪そうに顔を背ける。
「私だって、頑張ってはいるんだよ」
「うん、知ってるよ」
「でも、全然できるようにならなくて・・・」
私の従妹が本格的に勉強を頑張るようになってから、まだ一カ月も経っていない。そんな短期間では今までサボっていた分を補うことなんてできるはずもないのだけれど、結果の伴わない現状に雪ちゃんと伯母さんは必要以上に焦ってしまっているのだろう。
「ねえ、雪ちゃん?」
「・・・・・、何よ」
「私、やっぱり雪ちゃんと一緒の高校に行きたいな。雪ちゃんと一緒にいるのは楽しいし、雪ちゃんは頼りになるからさ」
「・・・・・」
たぶん、これからの雪ちゃんに必要なのは、受験勉強を頑張るための理由。この地獄の期間を走り続けるための唯一無二の理由。
「私と一緒に、大宮に行こう?」
「夏ちゃん・・・」
私の問い掛けに、雪ちゃんは瞳をウルウルとさせながら小さく頷く。そして・・・。
「むちゅ~~」
「?!」
「ぶちゅ~~」
「?!?!」
雪ちゃんは私の顔をその両手で再び固定し、私の唇に自分の唇を押し付けてきた。
「愛してるぜ!夏ちゃん!!」
「ちょ?!なっ?!」
「アツアツでラブラブな高校生活を送るために、これからも私に勉強を教えてくれよな!!」
「・・・・・」
突然の蛮行に茫然となった私を置いてけぼりにして、雪ちゃんはそう宣いやがったのだった。