第64話:AA
四月下旬のとある週末、私は従妹の雪ちゃんとそのお母さんである伯母さんと共に買い物に来ていた。来月末へと迫っていた修学旅行に備えるべく、必要な物をちょっと早めに揃えちゃおうというわけなのである。
「寝間着は体操服のジャージでいいらしいから、必要なのはキャリーバックとか新しい下着くらいかしらね。あとはタオルと・・・」
修学旅行のしおりを参考に準備したメモを眺めながら、目的の店へと直行する伯母さん。そんな伯母さんの後ろを雪ちゃんと共に歩きながら、私は久しぶりにやって来た駅前を物珍し気に眺める。
「ここも久しぶりだねぇ~」
「そうだね。最近はお小遣いも厳しいし、桜たちともあんまし遊べてないからなぁ~」
昨年とは違い、今年は受験生である私たち。そんな私たちは親たちから放たれるプレッシャーとお小遣いの大幅減額によってその行動を大きく制限され、週末は友達と遊び惚けるのも難しく、大の勉強嫌いである雪ちゃんでさえ机に向かわざるを得ないような状況・・・。
一応家の中でゲームとか動画を見るとかもできるにはできるんだけど、それだって親の目があるために難しい。特にウチの場合は雪ちゃんが超が付くほどの勉強嫌いであるが故に伯母さんはピリピリとしており、そんな状況であるため私も大人しく自室で勉強するしかない。
「勉強を頑張ってある程度安全圏まで行けたら、お小遣いも戻すし遊びにだって行かせてあげるわよ」
「「・・・・・」」
「でも、雪はこうでもしないと全然勉強しないでしょ?夏ちゃんのことは全然心配してないけど、雪は全く信用できないから」
「「・・・・・」」
伯母さんからの信頼が、重い・・・。それに、最近は母さんたちからも頻繁に連絡が来るし、う~む・・・。
「全く遊ぶなとまでは言わないから、せめて県立高に入れるくらいまでは頑張りなさい?ウチはお父さんが単身赴任しながら頑張っているから少しは余裕あるけど、それだって行く大学次第ではどうなるか分からないし・・・」
伯母さんの頭の中では、雪ちゃんは大学まで行くことになっているらしい。まあ、最近は皆短大か大学行ってるし、寧ろそこが最低ラインになっているみたいなところがあるからなぁ・・・。
「夏ちゃん・・・」
「何?」
「骨は、拾ってね?」
「・・・・・」
悲壮な表情を浮かべる雪ちゃんと共に、私は店の入り口を潜り抜ける。
「期間的に二人とも生理はギリギリ被らないと思うけど、念のためどちらでも対応できるタイプの物にしときなさい」
「「は~い」」
「それと、夏ちゃんは胸のサイズが変わってきてるから、そろそろブラにしてみてもいいかもね?」
「おぉ~」 「・・・・・」
一人で自分用の下着を見にいった雪ちゃんと一旦別れ、私は伯母さんと共に店員さんの元へと向かう。
「すみませ~ん。ちょっとこの子のブラを見てほしいんですけど」
「は~い!今行きまぁ~~す!!」
呼ばれてやって来た元気な店員さんと共に試着室へと引っ込み、そこでサイズを確認しながらあれやこれやと試行錯誤する私。
「では、サイズの方を測っていきますねぇ~」
「・・・・・」
「カップサイズの方は、AAですかねぇ~。あ、ちょっと触りますね?」
「・・・・・」
同じ女性同士とはいえ、これは中々に恥ずかしい・・・。狭い空間で二人っきり、私だけ胸をはだけているのは・・・。
「ブラを自分で着けたことは?」
「ありません」
「では、私が説明しますね?」
「お、お願いします・・・」
約十分にも渡り、私は懇切丁寧なブラの付け方講座を受けることとなった。優し気な店員さんの顔を鏡越しに眺めながら、私は不慣れなそれを幾度となくこなしていく。
「とりあえずは大丈夫そうですね。同じカップサイズの物でもアンダーによって違いますし、形状や硬さに差もあるので、また何か分からないことがあったらお気軽にお声掛けください」
「はい。ありがとうございました」
乱れた服を直し、伯母さんと共に幾つかの下着を選び、そのままレジへと向かう私。
「むふふふふ」
そして、そんな私に向かって不気味な笑い声を上げながら意味深な視線を向けてくる雪ちゃん。
「な、何よ・・・」
「いや、何か感慨深いなぁ~って」
「・・・・・」
全ての買い物が終わって帰宅後、私は早速買ってきたブラを身に着ける。それは今まで着ていたキャミソール型の下着と比べて締め付けがキツく、決して着心地がいいとは言えなかった。
「マジか・・・。ブラって、こんなにも着心地が悪いのか・・・」
その日、私はまた一つ、女性たちが抱える悩みの種を理解することとなったのだった。