第63話:145
私たちが中学三年生となってから、一週間が過ぎた。受験のことやらより難しくなるのだろう勉強のことやらに若干の気後れを感じていた私は今、更なる試練に内心頭を抱えていた。
「私、今朝、朝食を抜いてきたんだ」
「私なんて、昨日の夕食も抜いてきたよ」
体操服へと着替えた女子たちが、廊下で一列に並びながら殺気立っている。本日は年に一度の身体測定および健康診断の日であり、つまりそういうことなのだ。
「大丈夫、きっと大丈夫・・・。おやつは控えめにしてたし、きっと大丈夫なハズ・・・」
私の前後からは、ブツブツと小さな呟きが聞こえてくる。その声色は非常に暗く、率直に言って超怖い。
「いいなぁ・・・。夏姫ちゃんはきっと軽いんだろうぁ・・・」
「えぇ・・・」
「私のお腹のお肉、夏姫ちゃんにちょっとだけあげたいなぁ・・・」
「・・・・・」
担当の先生の指示に従い順番に身長を測り、次いで体重も測り・・・。
「何でじゃーーーーっ?!」
「こんな、こんなハズでは・・・」
「いやぁーーーーっ?!」
「嘘よ・・・。嘘って言ってよーーーーっ?!」
検査を終えた女子たちから、次々と悲鳴が上がる。彼女たちは頭を抱え絶叫し、辺り一帯は阿鼻叫喚に包まれた。
「はいはい。検査が終わった子はサッサと次行ってねぇ~。後がつかえてるから早くしてねぇ~」
そんな女子たちの悲鳴など華麗にスルーし、先生たちは次の検査へ向かうよう淡々と指示を飛ばしている。
「夏姫ちゃんはどうだった?」
「え、えぇ~と・・・」
「ねえ、どうだった?」
「・・・・・」
私の後ろにいたクラスメイトの女子からの問い掛けに、私は正直に答える。
「身長が、二センチ伸びてた」
「・・・・・」
「あと五センチで、念願の百五十に届く」
「・・・・・」
私の答えに、質問した女子は目を細める。
「体重は?」
「え?」
「夏姫ちゃんの体重、教えて?」
「・・・・・」
いつの間にか、私はクラスメイトの女子たちに囲まれていた。彼女たちの目は完全に据わっており、率直に言って超怖い。
「え、えぇ~と・・・」
「「「「「・・・・・」」」」」
「そのぉ・・・」
「「「「「・・・・・」」」」」
クラスの女子たちの中で、一番身長が低いのは私である。ついでに、一番胸が小さいのもたぶん私である。
「・・・・・、です」
「「「「「・・・・・」」」」」
「私の体重は、・・・・・です」
「「「「「・・・・・」」」」」
私の答えを聞いた女子たちは、揃って天を見上げる。そして、そのまま目尻から涙を零し始めた。
「何で、何でなの?!」
「同じ中学三年生なのに、この違いはどこから来るの?!」
それはたぶん、身長とか胸の大きさとかじゃないですかね?
「あんなに、あんなに努力したのに?!おやつは一日に一袋までって、滅茶苦茶我慢したのに?!」
「私だって、昨日は夕食まで抜いたのよ?!なのにどうして・・・」
そうして再び阿鼻叫喚となった私たちのクラスは、様子を見ていた先生たちによって次の検査場まで強制連行された。男性の先生たちは気マズそうに、女性の先生たちは淡々と、本日の業務をこなしていた。