第62話:現況
ホームルームを終えその後の始業式も終え、そのまま新入生たちの入学式さえも終えて、私たちは学校を後にする。
「明日以降、新入生たちへの部活動勧誘が始まるんだけどさ」
「へぇ~、文芸部も何かやるの?」
「いや、何もしないよ。ウチは毎年帰宅部希望の子たちの受け皿扱いにされてるから、特別何もしなくても勝手に人が集まってくるし」
「ふ~ん、そうなんだ?」
すっかり温かくなった春の帰り道を歩きながら、私は雪ちゃんととりとめのない話を続ける。
「てか、偶に鈴木部長と会ってるんだから、その辺の話しないの?」
「しないよ・・・。そもそも言うほど会ってないし」
「そうだっけ?今でも偶に休み時間とかに話してない?」
「本当に偶にだけね。また何か変な噂流されても困るしさ」
昨年の十一月に一応の収束を迎えた鈴木君とのアレコレは、今のところ落ち着いている。新二年生となった小林さんからも特に何も無いし、たぶん大丈夫なハズである・・・。
「でも、今でもちょくちょく話してるんでしょ?」
「いや、まぁ・・・」
「ふ~ん、なるほどねぇ~?」
「・・・・・」
どこか探るような雪ちゃんの視線から逃げるように、私は顔を逸らす。
「本の話してるだけだから・・・」
「ふ~ん?」
「それだけだから・・・」
「いやまあ、別にいいんだけどさ」
そんなこんなで居心地の悪いまま家まで辿り着いた私は、雪ちゃんから逃げるようにして自身の部屋へと駆ける。
「はぁ~、全くもう・・・」
荷物を置き、部屋着へと着替え、私は重い溜息を零しながらベッドへと腰掛ける。
「鈴木君とはそういうんじゃないし、何で女子たちはすぐそういう方向に持っていきたがるのかなぁ・・・」
私がかつて男子として過ごしていた時には、恋愛話なんて微塵もしたことなかった。少なくとも私の周りには、そんな話をしている男子は一人もいなかった。
寧ろその話題は男子たちの間では敬遠されていたくらいで、クラスメイトの女子たちがその話題で盛り上がる一方、それを見た男子たちは露骨に顔をしかめていたというのに・・・。
「解らない・・・」
これが、男女の違いというものなのだろうか?それとも、偶々私の周りがそうだっただけなのだろうか?
「理解できない・・・」
私たちはまだ中学生で、誰が好きとか誰と付き合うとか、そういうのってまだ早くない?
「う~む・・・」
一人でウンウンと唸りながら、私はその視線を秋葉お姉ちゃんが残していった甘ったるい少女漫画が置かれた一角へと向ける。
「・・・・・」
かつて暇潰しに目を通したそれは、ジュースに砂糖をドカ入れしたくらいには甘かった。ケーキの上に砂糖を丸々載せてしまったのではないかというくらいには甘々だった。
そんな無駄に甘ったるい少女漫画の持ち主である秋葉お姉ちゃんとは違い、雪ちゃんはこういった話が苦手だと言っていたけれど。その割には恋バナとか好きなんだよなぁ・・・。
「はぁ~~」
私は再び長い溜息を零し、その視線を机の上に置かれたスマホへと向ける。
「・・・・・」
夏姫名義のスマホには、幼馴染たちからのメッセージが届いていた。彼等も本日は早く学校が終わったらしく、今は仲良く二人でゲームに興じているらしい。
「陽介・・・」
学校が終わるなりともちゃんの部屋へと強制連行されたらしい陽介からの愚痴っぽいメッセージに、私は思わず噴き出す。彼は相も変わらず傍若無人なともちゃんにいいように使われているらしい。
「と、ともちゃん・・・」
一方のともちゃんからのメッセージには、やたらめったらハートマークが多用されていた。昨年末のあの不意な告白の日から徐々に増えていったそのマークは、今や画面を覆い尽くすほどになっている。
「はぁ・・・」
二人からのメッセージに目を通し終わった私は、何度目になるのか分からない溜息を零す。窓の外に広がる青々とした空とは異なり、私の心にはどんよりとしたグレー色の雲が漂っていた。