第60話:税込み39,800円??
年も明けて今は一月の二日。そんな三が日の丁度中日に、私は実家のリビングにいた。
「夏姫、来年の受験の話なんだけど。適当にいくつか資料を取り寄せといたから、一応見といてくれる?」
「はぁ~い」
本当であれば正月期間中も雪ちゃんの家でのんびりと過ごす予定だったんだけれど、珍しいことにしっかりと休みを取れた母さんたちが正月くらいはと言って私を実家の方に強制連行したのである。
まあ、向こうの家には私が間借りしている部屋の本来の持ち主である秋葉お姉ちゃんが帰省していたし、丁度良かったといえば丁度良くはあったんだけどさ。
「距離的なことを考えたら、やっぱり大宮かしら?」
「そうだな・・・。大学に行くつもりなら、普通高校の中ではそこが一番近いんじゃないか?そこなら家からでも通えるし」
そんなこんなで久しぶりに家族全員揃った一家団欒であるにも拘わらず、話の内容は来年に控えた受験の話のみ・・・。いやはや、流石は二人揃って現役の高校教師といったところだろうか・・・。
「夏姫は商業系とか工業系に興味ある?」
「う~ん、別に・・・」
「なら、大学目指すために普通高校にしとく?」
「う~ん・・・」
そうやって両親からの謎の圧に耐えながらテレビを眺めていると、唐突に私のスマホの着信音が鳴り響く。
「ともちゃんから呼び出しを受けたから、ちょっと行ってくる」
「え?またなの?」
「そう、またなの」
リビングを出て自室へと戻り、そこで外行きの服へと着替えた私はパラパラと雪が舞う外へと飛び出していく。
「うぅ~、寒っ」
道の上には、薄っすらと雪が積もっていた。それは一センチにも満たない高さだったけれど、そんな真っ白な道にザクザクと足跡を残しながら私は幼馴染の待つ家へと向かう。
「あら?夏ちゃん、もしかしてまた知美が?」
「ええ、まあ・・・」
「ごめんなさいねぇ~?あの子、夏ちゃんが帰ってきてるからってテンション上がっちゃって。さあ、あがってちょうだい」
ともちゃんのお母さんに案内されて、私は暖房の効いた幼馴染の部屋へと向かう。
「遅い!三十秒遅刻!!」
通い慣れたその部屋の扉を開けると、ニンマリとした笑顔を浮かべる幼馴染の顔があり・・・。
「ちょっと知美!あんた、こんな天気の日に夏ちゃんを呼び出して!!」
そんな幼馴染の顔は、おばさんのゲンコツとともに秒で半泣きの表情へと変わった。
「本当にごめんなさいねぇ~?この子、夏ちゃんに長いこと会えなくて寂しかったのよ」
「いえ、別に大丈夫ですよ」
「あとでおやつとか持ってくるから、ゆっくりしていってね?」
「はい、ありがとうございます」
おばさんはそう言って立ち去り、部屋に残されたのは私と半泣きのともちゃんだけ・・・。
「えぇと、大丈夫?」
「うぅ~」
「・・・・・」
「・・・・・」
一先ず、ガチのゲンコツによって瀕死状態のともちゃんをベッドの上へと座らせ、私もその隣へと腰を下ろす。
「で、この後何する?またゲーム?」
「・・・・・」
目尻から薄っすらと涙を零す無言のともちゃんは、とある方へとその指先を伸ばす。
「え?服?」
彼女が指差した先には、女性物の服があった。より正確に言うと、メイド服があった。
「前に、さっちゃんたちとモール内のお店に行ったことがあるでしょ?」
「う、うん・・・。あるけどさ・・・」
もしかしてだけど、買ったの?3万9800円もするのに?!
「そんなわけないじゃん!!そんなお金そもそも持ってないし」
「だよね?」
「あれは、さっちゃんのお姉さんが作ってくれたの。さっちゃんのお姉さん、そういうのが得意みたいで」
へぇ~、そうなんだ?てか、昨日来たときにあんなのあったっけ?
「とにかく、着てみて」
「え?」
「あれ、今のなっちゃんなら着こなせると思うの」
「・・・・・」
私は、ハンガーに掛けられたその服の元へと向かう。
「サイズは、大丈夫そうだね・・・」
「当然だよ。だってそれは、なっちゃんに着せるために作られた物なんだもん」
「え?」
ただひたすら困惑する私に、ともちゃんはとつとつと語る。
「あれは、サイズの問題で試着が難しくて、不完全燃焼に終わってしまったなっちゃんで遊ぼうの会の後のこと。責任を感じたさっちゃんが、お姉さんに頼み込んで秘密裏に作ってもらってたんだって。だけど、その後すぐにあんなことになっちゃって・・・」
・・・・・。
「せっかく完成したのに、この服は行き場を無くしちゃって・・・。だから、一先ず私が預かっていたんだけど」
「・・・・・」
「だから、なっちゃんにはぜひこの服を着てほしいの!でないと、また忘れてタンスの奥に仕舞っちゃうからっ!!」
「・・・・・」
そのメイド服は、私の体のサイズにぴったしだった。それはもう、驚くほどにジャストフィットだった。
「あら?その服・・・」
その手におやつの載ったお盆を持ち部屋へとやって来たともちゃんのお母さんは、メイド服姿の私を見てその瞳をキラキラさせていた。
「とりあえず、写真を撮りましょうか?」
「え?!いや、その・・・」
「お、いいねぇ~」
「・・・・・」
スマホを手に持つ二人によって、私の黒歴史が量産されていく。その写真は私の両親は勿論のこと、陽介にまで送られてしまった。あぁ、何てことを・・・。
「にしししし」
「・・・・・」
ともちゃんと仲直りできたのは良かったんだけどさ、何かこう、何だかなぁ・・・。
「次は、こんなポーズで!!」
「・・・・・」
「そうそう!!じゃあ次は・・・」
「・・・・・」
すっかり機嫌のよくなったともちゃんと、その瞳をキラキラと輝かせたともちゃんのお母さんに囲まれて、私は死んだ魚のような目をしながら次々とポーズを取っていくのだった。