第55話:懸念と安堵
九月の半ば頃より続いていたらしい私と鈴木君に関する問題は、一応の決着をみた。厳密に言うと私たちが付き合っているらしいとの噂自体はまだ健在なのだけれど、一人の女子生徒によるヤバ目な裏工作については何とかなりそうである。
「てかさ、そんなに好きなら告っちゃえばいいじゃん」
「いや、それは・・・」
四人揃って図書室を後にし、私たちは人通りの少ない廊下を進む。四人とも既に荷物は回収済みのため、あとはそれぞれの家へと直行するだけである。
「悠君とは小さい頃からずっと一緒で、お風呂とかにも一緒に入った仲なんですけど」
「お、おぅ・・・」
「でも、だからこそそういう風に見られないっていうか。妹扱いされるっていうか」
「そ、そうなんだ?」
校門への道すがら、雪ちゃんは小林さんから恋愛相談を受けていた。
「週末とか、部活が無い日には今でも偶にゲームとかして遊ぶんですけど・・・。でも、最近は私から声を掛けないと遊んでくれなくて・・・」
「う、う~む・・・」
「本当は一緒に駅前とかにも遊びに行きたいんですけど、恥ずかしがって一緒に行ってくれないし・・・」
「・・・・・」
雪ちゃんが、私たちの方へと視線を向けてくる。
「お願い、タスケテ!!」
雪ちゃんの心の声が、私の頭の中に響いてくる。雪ちゃん、秋葉お姉ちゃんと違って純愛ものとか少女漫画とか苦手だからなぁ・・・。
「最近は会う度に他の女の話ばっかりだし・・・」
「そ、そっかぁ・・・」
「ねえ、どう思います?酷いと思いません?」
「ウン、ソウダネ~。ヒドイヨネェ~~」
そうして校門へと辿り着き、帰る方向が真反対な小林さんは去っていった。願わくば今後彼女と絡むことがないよう、私は心の中で神様にお願いしておいた。ナムナム・・・。
「はぁ~、何か疲れたわぁ~~」
死んだ魚のような目をし、そう呟く雪ちゃんに私は労いの言葉を贈る。
「雪ちゃんもありがとね?助かったよ」
雪ちゃんの行動力とサポートがなかったら、今頃私はどうなっていたことやら。
「いやまあ、別にいいんだけどさ。夏ちゃんは私の大事な妹だからね!!」
「いや、どっちかというと私の方が姉っていうか・・・」
「それよりもさ、結局あの子が言ってた夏ちゃんの秘密って何だったんだろ?」
「あぁ~、そういえば・・・」
小林さん、そんなこと言ってたっけ・・・。てか、寧ろそっちの方が本題だったような・・・。
「その件についてなんだけど、ちょっとだけいいかな?」
私と雪ちゃんが揃って首を傾げていると、今まで空気のように気配を消していた鈴木君が声を掛けてくる。
「一応、一年の男子や文芸部員たちに話を聞いて回って、それで一色さんに関する噂とかを集めていたんだけどさ」
「「ふむふむ・・・」」
「それでそのぉ~。結局、あの話って本当なの?教室で下ネタ言いながら爆笑してたとか、そういう話」
「「・・・・・」」
その話、今関係ありますか?
「いや、別に他意があるわけじゃなくて?!もしもその話が小林さんの出まかせなら、訂正しとかなきゃって思ってさ?!」
「「・・・・・」」
「だから、一応確認をね?」
なるほどなるほど・・・。鈴木君は、どうやら善意で確認してくれていたらしい。ふむ、流石は鈴木君、どこかのお子ちゃまなクソガキとは違って紳士だなぁ~。
「その話は、本当だよ」
「え?」
「だから、その話は本当のことだって」
「・・・・・」
あの日は確か、桜ちゃんから勧められた動画の話をしていたんだっけ?正直な話、その内容は本当に下品でくだらないものだったんだけれど・・・。
でもね?そういうのも必要なんだよ・・・。女子として彼女たちと円滑なコミュニケーションを取るためには、そうやって自分を汚すことも時には必要なんだ・・・。
「そっか、そっか・・・」
何故だろう、今この瞬間に、鈴木君との心の距離が物すごぉ~~く開いてしまった気がする。
「まあ、その話はいいや。本当のことなら別に訂正する必要もないだろうし」
「「・・・・・」」
「そっちじゃなくて、実はもう一つ気になる話があってさ。これは小林さんに近しい女子から聞いた話なんだけど」
気を持ち直した鈴木君は、私たちに向かって改めて口を開く。
「一色さんは大の男嫌いで、実は女の子が好きだって話を小林さんから聞いたらしくてさ」
「「え?」」
「その話は本当に内密の話だから、誰にも言わないようにって言われたらしくて。だから、小林さんが言っていたのはそのことなんじゃないかと思ってさ」
内密の話って・・・、もう既に鈴木君に漏洩してるし・・・。
「ちなみにそれも、本当だから」
「え゛?」
「だから、その件も別に訂正とかしないで大丈夫だから」
「・・・・・」
雪ちゃんの言葉を聞いた鈴木君は、放心したようにフラフラとした足取りで去っていった。うむ、トラブル防止目的の男避けのための設定だったんだけど、真面目な鈴木君にはちょっとだけ刺激が強かったかな?
「「ただいまぁ~」」
そうして鈴木君とも別れ、私と雪ちゃんは揃って家の扉を潜る。そのまま私たちは自室へと戻って荷物を置き、部屋着へと着替えて雪ちゃんの部屋へと集合する。
「どう思う?」
「う~ん・・・」
「私が男だったこと、バレてないのかな?」
「・・・・・」
結局のところ、その問いについての答えは出せないままだった。だけれど、一先ずは何とかなりそうな感じだし、いざとなったら小林さんの眼前に新地君を連れていくことで対処はできそうな気がする。
「雪ちゃん、ありがとね?」
「んん?」
「雪ちゃんのお陰で、何とかなりそうな気がする」
「・・・・・」
私の言葉を受けた雪ちゃんはその頬を少しだけ赤く染めて、その視線を私から逸らす。そして・・・。
「まあ、夏ちゃんは私の妹だからね!妹を助けるのは、姉として当然だから!!」
再び私の方を向いたその顔にいつも通りの眩しい笑顔を浮かべながら、私の従妹はそう宣うのであった。