第45話:後日談
色々な意味で残念な結果となった週末明けの月曜日、私の周りには沢山のクラスメイトたちが集まっていた。
「一色さん、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ。ほら」
「本当に大丈夫?顔からモロに行ってたように見えたけど?」
私のケガの状態については、伯母さんが担任の前原先生へと電話で連絡をしてくれていた。だから、一応クラスメイトたちにもそれは伝わっていたはずなのだけれど・・・。
「顔からモロに行ってたもんなぁ~。俺、真正面から見てたから余計に心配で・・・」
いつも私のことをチビだのチビ助だの呼んでくる新地君が、そう言って私の顔を心配そうに見つめてくる。
「転ぶ時にちゃんと手は付いたし、だからそこまで酷いことにはならなかったんだよ」
「でも、デコと鼻には傷が付いたじゃん」
「それはそうだけど、でも、これだって時間が経てば消える傷だし」
「・・・・・」
今の私は、顔と手足に大きめの絆創膏たちを張りまくった姿をしている。これは私の負った傷の範囲が広く、尚且つ土日だけでは完全に塞がらなかったので仕方のないことなのだけれど・・・。
そんな私の見た目のせいもあってかクラスメイトたちからの視線や声掛けが途切れることはなく、休み時間の度に私はその対応をする羽目になった。そして、普段は滅多に話すことのない男子たちからも私を案ずる声が上がり、それが呼び水となって私の周りはより一層騒がしくなっていく。
「一色って、意外と足が速いよな?」
「そうだな。途中までは一位だったし」
一応、二カ月前まではサッカー部に所属していたからね。あまり上手くはなかったし、体力もそんなにないけどさ・・・。
「それなのに、最後の最後で・・・」
「「「「「・・・・・」」」」」
男子たちの残念なモノを見るようなその視線に、私は次第に居た堪れなくなっていく。ヤメて?!そんな目で私を見ないで?!
「何はともあれ、大きなケガじゃなくて良かったよ」
「そうそう。一色さんは女の子なんだし、顔に傷が残ったら大変だって」
一方の女子たちは、心の底から心配そうな目で私の顔を覗き込んでくる。その視線は私のおでこと鼻の頭に集中しており、それが堪らなく恥ずかしい。
「ごめん、ちょっといいかな?」
そうしてクラスメイトたちに囲まれながらワイワイやっていると、廊下の方から聞き慣れた男子の声が聞こえてきた。
「一色さんに話があるんだけど、今いる?」
「「「「「・・・・・」」」」」
今まであんなにも騒がしかったのに、一気に静まり返る教室内のクラスメイトたち。女子たちはその顔にニマニマとした不気味な笑顔を張り付け、男子たちはどこか憮然とした表情を浮かべながら私とその男子の間で視線を彷徨わせている。
「す、鈴木君・・・」
「やあ、久しぶりだね?」
「えぇと、あの、はい・・・」
ここ最近、私は鈴木君と顔を合わせていなかった。それは彼を意図的に避けていたわけではなく、体育祭の練習とか準備でお互いに忙しく、単純に時間が合わなかっただけなのだけれど。
「ケガの方は、大丈夫そう?」
「それは、大丈夫・・・」
「そっか、それは良かった。派手に転んでいたから心配だったんだよ」
「・・・・・」
私のことを頭の天辺からつま先までざっと眺め、鈴木君は安堵の溜息を零す。
「特に用事はなかったんだけどさ、ケガの具合だけ気になってたから。良かったよ、大したことなさそうでさ」
それだけ言って、鈴木君は去っていった。
「おぉ~、流石は鈴木君。ウチのクラスのお子ちゃまな男子たちと違って、言動がスマートで大人だわぁ~」
「「「「「・・・・・」」」」」
「いいなぁ~、私も鈴木君みたいな大人の彼氏が欲しいなぁ~~」
「「「「「・・・・・」」」」」
後の方で、女子と男子たちによる醜い言い争いが始まった。私はそんな争いを避けるようにして席に戻り、そのまま上体を机の上へと倒す。
「どうだった?久しぶりの彼氏との逢瀬は?」
どこか含みのある言い方で、雪ちゃんが私にそう訊いてくる。
「・・・・・。鈴木君は彼氏なんかじゃないってば・・・」
「でも、周りはそう思っていないみたいだよ?」
「・・・・・」
私は、鈴木君に対して特別な感情を抱いてなんかいない。それは元々私が男として過ごしてきたことによる影響もあるのだろうけれど、いずれにしても私にとっての鈴木君はただの男友達であり、それ以上でもそれ以下でもない存在だ。
だけれど、誠に遺憾なことに、私の周りはそう考えてはいないようで・・・。特にクラスメイトの女子たちはことあるごとに私と鈴木君の関係について訊いてくるし、それを面白がっているような感じさえする。
「ぶっちゃけさ、夏ちゃんが鈴木君のことどうとも思ってないのは知ってるよ。私と夏ちゃんは付き合いが長いし、見てればそのくらいは分かるから」
「・・・・・」
「でもさ、他の皆からしたらそんなの分からないし・・・。男女が親しくしてるのなんて、つまりそういうことじゃん?本人たちがどう思ってようが、周りにはそう見えるわけじゃん?」
それは・・・。
「男女間では友情が成立しないとか、そこまで言うつもりはないけどさ。でも、夏ちゃんにその気がないんだったら、もうちょっと言動には気を付けた方がいいかもよ?」
そう言って雪ちゃんは、とある男子の方へと視線を飛ばす。
「・・・・・」
私たちの視線の先にいたのは、新地君だった。彼は先程まで鈴木君がいた辺りを鋭い眼差しで睨みつけており、それが私の心を激しくザワつかせる。
「夏ちゃんにその気があるんだったら何も言わないけどさ、でも、そんな気はサラサラないんでしょ?」
「・・・・・」
「面白がってた私が言うのも何だけどさ、これ以上変なことになる前に言動を改めた方がいいよ。それが夏ちゃんのお姉ちゃんである私からのアドバイスであり、忠告だよ」
自分よりも年下であるはずの従妹からの有難いお言葉に、私はぐうの音も出ない。未だに廊下の方へと鋭い視線を飛ばしている新地君から視線を逸らしながら、私は小さく項垂れるのだった。