第44話:ベッドの上で
大葉中学での初めての体育祭、その中の二年生の第一競技で、私は無様な敗北を晒した。それだけでなく、顔面から地面へと突っ込み負傷までした。
「しくしくしく、しくしくしく・・・」
おでこと鼻の頭を擦り剥き、鼻血も少々・・・。足や腕にも擦り傷多数で、現在保健室で診察と治療を受ける私・・・。
「一先ず、治療はこんなものかしら」
「・・・・・」
「他に痛むところはない?頭がクラクラするとか、そういうのもない?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
顔面から地面へと突撃していった私ではあるけれど、幸いなことに歯が折れるとかそういったことはなかった。とはいえ、あれはちょっとマズいこけ方だった・・・。
「念のため、暫くの間はベッドで横になっておきましょうか?それで、もしも頭が痛いとか気持ち悪いとかなったら、すぐに教えてね?」
「はい・・・」
一通りの治療を終えた私は、そのままベッドへと寝かされた。膝やら顔にできた擦り傷はジクジクと痛み、先程の醜態も相まってマジで泣きそうである。
「もしもし?養護教諭の町田です。はい、はい、そうです・・・」
あぁ・・・、何ていうか、本当に恥ずかしい・・・。仮にも元サッカー部である私が、あんなにも無様な転び方を・・・。
「今のところは大丈夫そうなんですけど、念のため病院を受診した方がいいかもですね。はい、はい、そうです。なので、保護者の方に連絡を・・・」
ベッドを取り囲むようにして設置された薄いカーテンの隙間から、養護教諭である町田先生の声が聞こえてくる。あぁ、病院かぁ・・・。
「一色さん、ちょっとだけいい?」
「はい」
「今、担任の前原先生に一色さんの保護者の方に連絡してもらってるんだけど・・・」
その後私は、迎えにきた伯母さんに連れられて病院へ向かうことになった。パッと見は大丈夫そうな私ではあったけれど、頭を打っている可能性もあったので町田先生の助言に従い早退することになったのだ。
とはいえ、その日は祝日であったため開いている病院はほぼほぼなく、叔母さんには余計な面倒を掛けることになってしまった。全くもって申し訳ない、本当にゴメンナサイ・・・。
「いいのよそんなこと。夏ちゃんは私の娘同然なんだから」
「でも・・・」
「それに、妹からもよろしくって頼まれてるしね。だから、夏ちゃんは何も気にしなくていいのよ」
「・・・・・」
どこか懐かしさを覚える消毒液っぽいにおいに包まれた病院で、CT検査を受ける私。幸いにも特に異常は見つからず、私はそのまま伯母さんの車に乗せられて家へと向かう。
「せっかくの体育祭なのに、ツイてないわねぇ?」
「・・・・・」
「とにかく、今日は先生に言われた通り横になって安静にしてなさい。それと、何か欲しい物があったら携帯で電話してくれればすぐに持っていくから」
「うん、ありがとう」
そうして私がベッドに横になっている間にも時間は過ぎ、やがて日も傾き始めて・・・。
「ただいまぁーーーーっ!!」
玄関の方から、雪ちゃんの元気な声が聞こえてきた。
「「おじゃましまぁーーっす!!」」
そして、聞き慣れた二人の女子生徒たちの声も聞こえてきた。
「うらぁ~~!じゃまするぜぇーーーーっ!!」
ベッドの上でボケ~っとしていた私の前にノックもせずに現れたのは、未だに体操服を着たままのいつもの面々だった。
「夏姫ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫、ありがとう・・・」
「うわぁ・・・、おでこに鼻まで・・・。痛そう・・・」
代わる代わる私の顔や腕を覗いては、その眉をひそめる雪ちゃんたち。そんな彼女たちに心配させまいと、私は努めて笑顔で対応する。
「大したケガじゃなくて本当に良かったよ」
「そうだねぇ~、顔からモロに行ってたからねぇ~」
私のケガをその目で直接確認し、尚且つ元気そうな私の様子を見たからなのか、彼女たちの表情からは次第に険しさが抜けていく。
「さて、夏姫ちゃんの様子も確認できたし、そろそろ私たちは帰ろうと思うんだけど・・・。その前に、ちょ~っとばかしお部屋の中を見させてもらおうかなぁ~?ぐへへ」
そう言って、田辺さんはその口元をニヤリと歪める。
「夏姫ちゃんてどっちかというとクールなイメージだったんだけど、お部屋の方は意外と可愛らしい感じなんだねぇ~?」
「・・・・・」
可愛いも何も、ここは元々私の部屋じゃなくて、雪ちゃんの実姉である秋葉お姉ちゃんの部屋だからねぇ・・・。私は心の中でそう言い訳をしながら、白とピンクを基調としたその部屋を軽く見回し、そっと溜息を零す。
「もう、桜ってば・・・。今、夏姫ちゃんはあまり動けないんだからぁ~」
「だからだよ。今がチャンスじゃん?」
「・・・・・、なるほど」
体育祭開始早々に退場した私のお見舞いに来たはずの二人は、私の部屋を漁るだけ漁って帰っていった。従姉の秋葉お姉ちゃんが残していった甘ったるい少女漫画を見つけては私を揶揄い、私の着ている子供っぽい下着をタンスの中から見つけてはそれに頬ずりし、実に騒がしい時間であった。
「二人共、本当に心配してたんだから」
「・・・・・、うん」
「大きなケガじゃなくて、本当に良かったよ」
「・・・・・」
未だにベッドの上にいる私の頭を、雪ちゃんが優しく撫でてくる。いつもなら恥ずかしくなってその手を振り払うだろう私は、神妙な表情を浮かべる従妹に何も言えなくなって、ただただされるがままに頭を差し出し続けるのだった。