第42話:男子と女子の狭間で
本日の私は、日直である。ついでに新地君も、日直である。
「なぁ、チビ助」
「・・・・・」
「おい、無視すんなよ」
「ふん」
現在私たちは、先ほど行われた授業の後片付けをしている。後片付けといっても、黒板を綺麗にしているだけなのだけれど・・・。
「私はチビ助ではありません」
「・・・・・」
「私はチビ助ではありません」
「・・・・・」
黒板消しをパンパンと叩きながら、私はそう主張する。とても大事なことなので、ちゃんと二回言っときました。
「あのさぁ~、一色・・・」
「・・・・・、何?」
「女子たちのあのにおい、マジで何とかならないのか?」
「・・・・・」
あのにおいとは、制汗グッズによるにおいのことだろう。前の授業のその前の授業は体育だったから、つまりそういうことなのである。
「新地君は、女子たちが臭いと?」
「うん、臭い」
「・・・・・。そっか・・・」
「・・・・・」
新地君の率直な物言いに、私は思わず押し黙る。
「全員が臭いって言ってるんじゃなくて、色んなにおいが混ざり合ってやべぇことになってるっていうか・・・。一色とかも別に臭くないしさ」
「・・・・・。でも、男子だって汗臭いじゃん?」
「それはそうなんだけどさ。でも、女子たちにもあのヤバさを自覚してほしいっていうか」
「・・・・・」
新地君、言いたいことは解るよ?でもさ、それを私に言われても困るんだよねぇ~?
「自分で言ってきなよ」
「もう言ったよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
そっか、そっかぁ・・・。
「うっさいって言われた。あと汗臭いって・・・。自分たちだって臭いくせにさ・・・」
新地君は、そう言って不満そうな表情を浮かべている。
「新地君、あれは仕方ないんだよ」
「何が仕方ないんだよ?」
「女子って、色々と大変なんだよ」
「・・・・・」
そう、本当に大変なんだよ・・・。においの事もそうだけど、他にも生理のこととかムダ毛の処理とか、マジで大変なんだよ・・・。
「あのにおいについては私も思うところはあるけどさ、でも、寛大な心で許してあげてほしいっていうか・・・。それに、男子だって汗臭いじゃん?お互い様じゃん?」
「う、う~ん・・・」
「だから、この話はお終い。ね、いい?」
「・・・・・」
渋々とではあるけれど、新地君も一先ずは引き下がってくれたようである。うむ、よかったよかった。
そうして日直業務を終え、私は新地君と別れてイツメンの元へと向かう。
「はぁ~、男子って本当にお子ちゃまっていうかさぁ~~」
「そうそう!自分たちの方が汗臭いくせに!!」
私が教室の後ろ側へと向かう途中、聞こえてきた男子と女子の罵り合い。それは非常に不毛なものであり、しょうもない内容であった。
「俺たちがお子ちゃまなら、女子たちはおばさんだろ?」
「まだ中学生のくせに、そんなスプレーまで使ってさ!!」
中学二年の夏休み前まで、私は男子として過ごしていた。だから、においだとか身嗜みに無頓着な男子たちの気持ちもまあ解る。
一方で、女子たちの言い分もまた理解できる。彼女たちは不快な汗のにおいをどうにかすべく必死なだけであり、そこに悪意とかは一切なく、理想とされる女子像を維持すべく頑張っているだけなのだから。
「お、夏ちゃんお帰りぃ~」
「うん、ただいまぁ~」
背後で罵り合うクラスメイトたちから視線を逸らし、私は雪ちゃんたちとのお喋りに興じる。
「でさぁ~、駅前に新しい店が・・・」
「「「へぇ~~」」」
元男子として、現女子として、忙しい毎日を送る私。そんな私の不安定な心の内は、未だに中途半端な状態で揺れ動いていた。