第40話:変わってしまったモノと、変わらないモノ
学校でのあれこれを終え、煩わしい宿題も終えて、今は夜の二十時過ぎ。私はいつもの如く夏姫のスマホで陽介と連絡を取り合い、ともちゃんのことについての相談を行っていた。
「あれらか知美にはちょくちょく話してるんだけどさ、まだ無理っぽいわ」
「そ、そっかぁ・・・」
「あいつも意地になってるっぽくて、俺の話なんて全然聞きやしねぇ」
「・・・・・」
夏樹のスマホを使って、ともちゃんには定期的にメッセージを送っていた。だけれど、既読は付くけれど私への返信は一切なく、ともちゃんとはもう一月近く話せていない。
「ともちゃん、学校ではどんな様子?」
「一応普通っぽく振舞ってはいるけど、俺から見たら明らかに不機嫌っていうか元気がないっていうか」
「・・・・・」
「放課後や週末は一緒に遊んだりもするんだけどさ、その時も上の空っていうか」
あの時、私がもっと早く連絡を取っていたら・・・。勇気を振り絞って、ともちゃんたちに会いに行けていたら・・・。
「陽介、ごめんね?」
「いや、何で夏姫が謝るんだよ」
「だって、私のせいでともちゃんが・・・」
あの時は私自身がいっぱいいっぱいで、ともちゃんたちのことにまで頭が回らなかった。これからどうなるのか、どうすればいいのか全く分からなくて、だから大切なはずの幼馴染たちへの連絡すらも後回しにしていた。
「もしも、もしもだぞ?俺が夏姫のように何とかかんとかっていう病気で女になったとしたら、たぶん俺は夏姫たちに何も言わずに消えてたと思う」
「・・・・・」
「夏姫たちとは誰よりも仲が良かったから、誰よりも大事だったから・・・。だからこそ変わった自分が受け入れられなくて、そんな自分を見せたくなくて、だから・・・」
スマホの通話口からは、陽介の吐息が聞こえてくる。それはとても重く苦しいもので、一方で優しくも感じられて・・・。
「だから、夏姫が俺に連絡してくれた時には、嬉しかった。あの時は自分のことでいっぱいいっぱいだったはずなのにさ」
「陽介・・・」
「知美も、そのことは解ってるはずなんだ。だってあいつは、お前のことが誰よりも好きなんだから」
「・・・・・」
結局その日も、ともちゃんと仲直りするための具体的な案は何一つ浮かんでこなかった。陽介は毎日のように私に連絡をくれて、ともちゃんのことについて一緒に考えてくれているのに・・・。
「はぁ・・・」
スマホを机の上へと投げ出して、私は大きな溜息を零す。最近はともちゃんのことだけでなく鈴木君や新地君のこともあるし、はぁ・・・。
そうしてベッドの上をゴロゴロとしながら一人アンニュイな気分に浸っていると、部屋の扉をノックすることもなく従妹の雪ちゃんが部屋の中へと入ってきた。あの、雪ちゃん?
「夏ちゃんいるぅ~?」
「・・・・・。いるけどさ・・・」
「ちょっと宿題で解らないところがあって、ねぇ、教えて?」
「・・・・・」
今私が借りている部屋は、元々は私の従姉であり雪ちゃんの実姉である秋葉お姉ちゃんの部屋だ。彼女は現在県外の大学へと通っており、空いた部屋を私が使わせてもらっている格好なのだ。
そのような中で非常に残念なことに、私の従妹である雪ちゃんにはデリカシーとか従姉への気遣いとかそういったものが大きく欠如している。だからノックもせずに人の部屋に勝手に入ってきたり、人前でも平気な顔して下着姿とか裸でうろつき回り、更には私の眼前でオナラをしたりもする。
「前にも言ったけどさぁ、ノックくらいしてほしいんだよね?あの部屋、鍵付いてないしさ」
雪ちゃんの部屋へと向かいながら、私はそう苦言を呈す。
「えぇ~、別にいいじゃん。夏ちゃんとはオムツをしてる頃からの付き合いなんだし。あっ、もしかして、エッチなことでもしてた?」
「・・・・・」
ヤメてくんない?ガチでヤベって顔するの・・・。
「してません。してませんけど!!」
「そ、そう?私は偶に部屋でしてるけど・・・」
「・・・・・」
本当にそういうのヤメてくれません?!
「とにかく、部屋に入る時はノックしてよ。それか、外から呼んでくれれば行くからさ」
「は~い」
「・・・・・。本当にお願いね?」
「分かった、分かったってば。それよりもさぁ~、早く宿題教えてぇ~?」
雪ちゃんは一切悪びれる様子もなく、そう言って私を急かしてくる。はぁ~、相も変わらず私の従妹は・・・。
「で、どこが解らないの?」
「う~んとね、こことこことここ。あとここも」
「・・・・・」
私が女になってから、もうすぐで二カ月が経とうとしていた。その間には実に様々な出来事があって、私自身や周りの人たちにも大きな変化があった。
だけれど、そんな中でも私の目の前にいるこの従妹は何も変わらない。昔っからデリカシーがなくて、体が小さかった私のことを年下扱いしてきて・・・。
「おぉ~、すげぇ~~。こうやって解くんだぁ~」
「どう、理解できた?」
「ううん、全然」
「・・・・・」
だけど、何故だろう。そんな昔と変わらない従妹の姿に、私は救われているような気がする。彼女は今もなお横暴でデリカシーがなくて、色々と残念なのに・・・。
「夏ちゃんありがとねぇ~」
満面の笑みを浮かべた雪ちゃんに見送られて、私は従妹の部屋を後にする。
「あっ、そうだ。夏ちゃん、一つだけいい?」
「ん、何?」
「これは夏ちゃんのお姉ちゃんである私からの忠告なんだけどさ?」
いや、どちらかというと私の方がお姉ちゃんだからね?誕生日だって私の方が先だし。
「三股は、ガチでヤメといた方がいいよ?」
「・・・・・」
「にししししし」
「・・・・・」
私が何かを言う前に、その扉は閉められた。
「・・・・・」
言いたい放題やりたい放題の従妹に対して、私は怒鳴り散らかしたいその衝動を必死に抑え込んで自室へと戻る。
「本当に・・・、本当にもう~!!」
そのまま部屋の電気を消して目覚ましをセットしタオルケットを頭まで被って、私は無理矢理目を瞑ったのだった。