第4話:約束
「もうすぐ夏休みだねぇ~」
「そうだね」
「夏休みはいっぱい遊ぼうね?」
「・・・・・。そうだね・・・」
事前に予告されていた英語の小テストも終わり、今は授業合間の休憩時間。僕の隣の席に座るともちゃんは、死んだ魚のような目をしながら僕に話しかけてくる。
「去年は結局どこにも行けなかったから、今年はどこかに行きたいなぁ~。昔みたいにまた三家族で旅行とかさ、楽しそうじゃない?」
先程の小テストの出来が余程悪かったのか、ともちゃんはまだ少しばかり先の夏休みの話題で現実から必死に目を逸らしている。そしてそんな彼女の元には、同じように現実から目を逸らし続けるクラスメイトの女子たちが集まってくる。
「今年は海に行きたいなぁ~。可愛い水着を着て、皆でビーチバレーとかしたいなぁ~」
「私はキャンプがいいなぁ~。皆でバーベキューをしたり、夜は花火とかしてさ」
思い思いの理想の夏休みを、彼女たちは語る。長いようで短い夏休みを目一杯満喫すべく、彼女たちは実現するかどうかも分からない真夏のイベントに胸を躍らせる。
「そういえばさ、結局夏君は来るの?」
「え?来るってどこに?」
「どこって・・・。今週末の買い物!!ねえ知美、あの件はちゃんと話したの?」
「うん、話したよ。学校に来る前に話した」
そう言って、ともちゃんは僕たちから視線を逸らす。そして、そんな彼女の様子を胡乱気な表情で眺めるクラスの女子たち。
「あんたまさか、今朝まで忘れてたんじゃないでしょうね?」
「ソンナコトナイヨ?偶々タイミングが合わなかっただけで、忘れてたとかソンナンジャナイヨ?」
「「「「「・・・・・」」」」」
いつもであれば、この時間は陽介たちと駄弁っているのだけど・・・。
(陽介、助けて!僕もそっちに行きたい!!)
僕の席を取り囲むようにして立つ女子生徒たちの隙間から、僕は心の友にアイコンタクトを送る。だがしかし、その視線を受けたはずの陽介はその顔を大きく逸らした。裏切り者め・・・。
「まあ、別にいいけどさ・・・。この前、駅前のモールに行った時に可愛い服見つけてさ。それで皆で買い物に行こうってなって」
「うん、行ってくればいいんじゃない?『女子だけ』で楽しんできなよ」
大事なことなので、僕はそこを強調する。
「うん、勿論楽しむよ。『女子だけ』で、全力で楽しむよ」
「・・・・・」
「だから、夏君も行こ?『女子の皆』で、楽しいことしよ?」
そう言って僕の顔を覗き込むその女子生徒の顔は、笑っていた。それは間違いなく笑顔であるはずなのに、何故かとんでもない圧を発しているように見えた。
「あ、あのぉ~、そのぉ・・・」
「ん?」
「その日はたぶん、部活があるからぁ・・・」
「「「「「・・・・・」」」」」
ビバ部活!流石は部活!!困った時の部活様!!!
「そっか、なら仕方ないか」
「うん、うん!!」
そう、仕方ないのだよ!だって部活があるからね?池田先生を悲しませたくなんてないもんね?
「じゃあ、その日は諦めよう。その代わり、夏休みになったら皆で行こうね?」
「え?」
「可愛い服を着て見て買って、『女子の皆』で楽しもうね?はい、約束」
「あっ」
その女子生徒は、指切りという実に古風な契約でもって僕のこと束縛してくる。僕、指切りなんて創作物の中でしか見たことなかったよ・・・。
「後で、良さげな日を教えてよ。知美経由で伝えてくれればいいから」
「あの、えぇと、はい・・・」
「じゃあ、そんな感じでよろしく」
「・・・・・」
女子たちは、始業の鐘の音とともに去っていった。彼女たちは実に楽し気な表情を浮かべており、目の前にいる幼馴染の女子も悪戯っぽい表情を浮かべており・・・。
「良かったね?クラスの女子たちと夏休みデートできて」
ドヤ顔でそう宣いやがった幼馴染の女子の額に、僕は全力のデコピンをお見舞いしてやるのだった。