第39話:鈍感力と妄想力
私が大葉中学校へと転校してきてから、もう三週間が経った。初めのうちはトイレだとか着替えだとか生理によるあれこれとか、そういった不安や心配事も多かったのだけれど、従妹の雪ちゃんによるサポートのお陰もあって今のところは上手くやれていると思う。
だけど今、そうして何とかかんとか目立たないように平穏にと頑張っていた私の学校生活に、大きな波風が立とうとしていた。それは、とある男子生徒とのことで・・・。
「ねえ、夏ちゃん。鈴木部長、また来てるよ?」
授業合間の休み時間に、雪ちゃんはそう言って教室の入り口を指差す。
「・・・・・」
私たちの視線の先には、その手に一冊の文庫本を持った鈴木部長の姿があった。
「あ、あの、部長?」
「ああ、呼び出してごめんね?」
「いや、それはいいんだけど・・・」
「実は、面白い本をまた見つけてね。これなんだけど・・・」
雪ちゃんが体育祭実行委員の集まりで放課後呼び出される関係で、私はよく図書室を利用するようになった。それは雪ちゃんを待つ間の暇潰しであり、ただの時間潰し目的だったんだよねぇ・・・。
ただ、その時に文芸部部長である鈴木君とよく話すようになって・・・。初めのうちはただその時間だけの関係だったんだけど、廊下ですれ違う時とか休み時間とかに話し掛けられるようになって、それが原因で周りから色眼鏡で見られるようになってしまったのだ。
「なあ、あんた、C組の鈴木だよな?」
「ん?そうだけど?」
「最近さ、えらく一色に話し掛けるじゃん?何なの一体」
「・・・・・」
そしてもう一人、ウチのクラスの男子生徒、その名も新地 悠大君。彼もまた最近の私の悩みの種なんだよねぇ・・・。
「何って言われても、僕と一色さんは同じ文芸部員で、それだけだけど?」
「それだけって・・・」
「今だって、本の話をしていただけだし。休み時間に部活の話をすることが、何か問題でも?」
「・・・・・」
私と鈴木部長の件は、クラスメイトの女子たちを中心に色々と曲解された上で生暖かい目で見られていた。私と部長は決してそんな関係ではないのだけれど、他人の色恋沙汰という格好の娯楽に対して、彼女たちは貪欲にその妄想力を膨らませ都合よく楽しんでいたのだ。
一方で、今も鈴木部長に突っかかっている新地君はいつも私のことをチビ助呼びしてくる生意気な男子で、ただそれだけの関係だった。私と彼はただのクラスメイトであり、お互いに挨拶とかはするけどそんなに話したこともないんだよなぁ・・・。
「夏ちゃん、止めなくていいの?私のために争わないでぇ~ってさ」
「・・・・・」
クラスメイトの女子たちが、私にニマニマ顔を向けてくる。新地君以外のクラスメイトの男子たちは、遠くから二人の遣り取りを面白そうに眺めている。そして、そんな状況にただただ居た堪れなくなっていく私。
「一色はB組なんだし、C組の奴が気安く話し掛けてくんじゃねーよ!!」
「え?それって関係ある?」
「関係あるだろ!もうすぐ体育祭だし、B組とC組は敵だろが!!」
「・・・・・」
何で、何でこんなことになったんだろうなぁ・・・。初めのうちはちょっと鈴木部長と図書室以外で話すようになっただけで、別に誰も気に留めてなかったんだけどなぁ・・・。
だけど、それが続くうちに女子たちが揶揄うようになってきて・・・。更に更に、何でか知らないけれど新地君が鈴木部長に突っかかるようになって・・・。
「夏姫ちゃん、あなた、罪な女だねぇ~?」
「・・・・・」
「他校に、彼氏もいるのにねぇ~?」
「・・・・・」
廊下の方でなおも続く二人の男子の遣り取りに頭を抱えながら、私は小さく溜息を零す。
「別に、彼氏とかいないし。それに、あれって私のせいなの?」
「「「えぇ・・・」」」
私の発した至極当然な疑問に対して、近くにいた雪ちゃんたち三人は一様に呆れたような表情を浮かべる。
「夏ちゃん?それは流石にアレだなぁ~?」
「そうだねぇ~。人とどう付き合おうが夏姫ちゃんの自由だけどさぁ~、三股しながらその発言は流石に・・・」
いや、三股って・・・。
「だから、そもそも私は誰とも付き合ってないんだって!本当だってば!!」
「「「いやいやいや」」」
紛うこと無き事実であるはずのその主張は、目の前にいる三人を含め誰の耳にも届くことはなかったのであった。