第37話:二人だけの空間
その日の授業が全て終わり、あとは帰るだけとなった放課後の時間。体育祭実行委員の話し合いのために再度強制召集された従妹の雪ちゃんを待つべく、私は図書室にいた。
「遅くても十七時には終わるはずだって言ってたけど、どうなることやら・・・」
昼休み時間に終わるはずであったその話し合いは、揉めに揉めたらしい。ヤル気に満ち溢れた一部三年生たちはやたらと難易度の高い全体ダンスをやりたがり、その難易度の高さに先生たちとヤル気ゼロの一部クラスが難色を示したのだ。
雪ちゃんたちに聞いた話によると、この大葉中学では難易度の高い全体ダンスを披露するのが一種の伝統になっているとのこと。そのせいもあってか年々その難易度と練習量は上がってきているようで、その是非については先生たちの間でも意見が分かれているらしい。
「・・・・・。どれ読もうかな・・・」
相も変わらず放課後の図書室には誰もおらず、そんな少しだけ寂しい空間で私はブラブラと適当に本を探す。私は普段本なんて一切読まないのだけれど、せっかくの機会だしちょっとくらいは目を通してみてもいいかもしれない。
「・・・・・」
手に取った本にちょっとだけ目を通し、すぐに棚に戻す。そんな動作を十回ほど繰り返した後、私は手ぶらのままで適当な席に腰を下ろす。
「私に読書なんて無理だったんだ・・・」
家ではスマホばかりに目を奪われ、それ以外では精々ゲームか漫画くらい・・・。最後にまともな活字を読んだのは、果たしていつのことだっただろうか・・・。
「あれ、一色さん?」
「え、鈴木部長?」
机の上に上体を投げ出しボケーっとしていた私の前に、鈴木部長がやってきた。
「何で図書室に?」
「いや何でって、一応僕は文芸部部長だからね」
部長はそう言うと持っていたバックを床へと下ろし、適当な本を数冊取って私の近くの席へと腰を下ろす。
「前にも話したと思うんだけど、基本的に僕は家で本を読むんだ。そっちの方が落ち着いて読めるからね。それでもここに来るのは、まだ見ぬ新しい本を探すためなんだよ。読みたい本を探すんじゃなくて、適当に手に取った本の中に面白い本があればいいなって」
部長が手に持つその本は、推理小説?
「一色さんは、読書は苦手かい?」
「え?あぁ、まあ・・・」
「最近はスマホさえあれば娯楽なんて事足りるからねぇ・・・。わざわざ紙製の本なんて読まなくても、電子漫画とかゲームとか動画とか」
「・・・・・」
部長は手に持った本をパラパラと数ページ捲ると、それを私に渡してくる。
「最初の数ページだけでいいから、読んでみなよ。この人の推理小説は面白いのが多いから、もしかしたら嵌るかもよ?」
渡された本を手に取り、私はそれに目を通していく。
「・・・・・」
ふむ、ふむふむふむ・・・。
「どう、面白い?」
「えぇと、まあまあかな?」
「そっか、まあまあかぁ・・・」
二人しかいないその空間に、本を捲る音だけが響き渡る。
「「・・・・・」」
そうしてどれくらいの時間が経ったのだろうか、図書室の出入り口からは扉を開く音と聞き慣れた声が聞こえてきて・・・。
「夏ちゃんお待たせぇ~~」
長かったような短かったような、意外と心地よかったその時間は、従妹の登場によって終わりを迎えた。
「あれ、部長?」
「やあ、大代さんお疲れ」
「ああ、お疲れ様です。部長、何で図書室に?」
「何でって・・・。一応、僕は文芸部の部長なんだけどね?」
読んでいた本を部長へと返し、私は雪ちゃんと共に図書室を後にする。
「会議はどうだった?」
「もう疲れたよぉ~。先輩たち全然譲らなくってさぁ・・・」
真っ白な廊下を抜け、校舎を出てから校門を通り・・・。
「ところで夏ちゃん」
「ん、何?」
「若い男女が同じ部屋で二人っきりとは、イケませんなぁ~?」
「・・・・・」
体育祭の話題で掻き消されていたはずの桃色の話題をニヤニヤ顔の従妹に再び向けられて、私はただただ憮然とするのだった。