第33話:あの日
夏休みが明けてから、もう数日が経った。何だかんだで新しいクラスにも女子として馴染むことができ、今のところは問題無く過ごせている。
「届け!届くんだ私の腕ぇ~~!!」
そんなとある平日の休み時間に、私はつま先をピンと伸ばしてプルプルと震えていた。このクラスになって初めての日直の日であり、その日直業務の一つである黒板清掃を必死になって行っていたのだ。
「チビ助、何やってんだ?」
「・・・・・」
「もしかして、届かないのか?」
「・・・・・」
如何にも生意気そうな顔立ちの男子が、そう問い掛けつつ私の元へとやってきた。
「はぁ~、しょうがねぇから手伝ってやるよ」
「・・・・・。ありがとう・・・」
「いいってことよ。チビ助はチビだから、仕方ないもんなぁ~?」
「くっ・・・」
私の手から黒板消しを取り上げたその男子は、特に苦労する様子もなく黒板を綺麗にしていく。そしてそのまま私のことを小バカにするように、ニマニマとした笑みを浮かべながら去っていった。
「夏ちゃんお待たせぇ~。大丈夫だった?」
「・・・・・。うん・・・」
私が一人謎の敗北感に苛まれていると、トイレに行っていた雪ちゃんたちが戻ってきた。
「夏ちゃんは背が低いから心配だったけど、何とかなったね?」
「・・・・・」
いや、何とかなってないんすよ・・・。ダメだったんすよ・・・。
「私、トイレ行ってくる」
「え?あぁ、行ってらっしゃい」
私は零れ落ちる悔し涙をそっと拭い、教室を後にする。そしてそのまま廊下を進み、建物の端の方にあるその扉を潜って奥へと向かう。
「・・・・・」
今もなお、この空間は落ち着かない。家でのトイレならばともかくとして、元々男として生きてきた私にとってここはあまりにも異質な場所だったのだ。
「でさぁ~、A組の田中がぁ~」
「だよねぇ~?あははは」
仲良さそうにトイレの手洗い場で駄弁る女子たちを避けながら、私は最奥にある個室へと向かう。それにしても、女子たちって何で皆一緒にトイレに行くんだろう?
「ポチっとな・・・」
家では勿論のこと、男子トイレには存在すらしなかった音姫のスイッチを入れ、私は用を足す。
「・・・・・。ふぅ~」
そして、元々股に挟んでいたとある物をサニタリーボックスの中へと片付け、制服の内ポケットに仕込んでいたとある物を再び股の間へと装着する。女子って、マジでたいへんだなぁ・・・。
「お、夏ちゃんお帰り」
「うん、ただいま」
あの日の影響でいつもより動きの悪くなった体を無理矢理動かしながら、私はいつもの三人の元へと向かう。
「明日は十時に駅前集合ね?」
「お~け~」
「カラオケの後はどうする?ファミレス行く?」
聞いた話によると、私の従妹もまさに今あの日であるらしい。それにも拘わらず、雪ちゃんは平気そうな顔をしていつも通りの遣り取りを続けている。
「女子って凄いなぁ・・・」
じんわりと痛む下腹部を優しく擦りながら、私は呟く。そんな私の呟きに誰一人として気付くことはなく、三人娘たちは楽しそうにお喋りを続けるのだった。