第32話:予定がいっぱい
田辺さんたちと別れ、家へと戻ってきた私と雪ちゃん。毎度の如く浴室へと突っ込んでいく従妹を見送った私は、額の汗を拭いながら自室へと向かう。
「お?」
そうして向かった先に置かれたままになっていた夏樹のスマホには、一件のメッセージが届いていた。
「ふむふむ、なるほどね・・・」
夏樹のスマホに届いていたメッセージ、それは陽介からのものだった。
「相変わらず気が利くっていうか、陽介は本当に良いヤツだなぁ~」
今週の日曜日、私たちは久しぶりに会う約束をしていた。できることならば私の心の準備が整うまでもう少しだけ待っていてほしかったのだけれど、もう一人の幼馴染であるともちゃんのことで相談があるらしく、しかもその幼馴染が荒れている理由が当の私であるらしいため断るのが難しかったのだ。
そして肝心のメッセージ内容なのだけれど、それは面会場所の変更の提案だった。元々は私が陽介の家へと向かう予定だったのだけれど、それだと向こうで私が昔の知り合いたちと遭遇する可能性があった。何ならともちゃんと鉢合わせする可能性すらあった。
だから心優しい私の幼馴染はそのことを危惧し、面会場所の変更を提案してくれた。来たこともないこちら側の駅まで陽介が単身で向かい、駅前にあるファミレスで話そうとなったのである。
「お~け~お~け~。それでお願いします、と・・・」
若干の申し訳なさを感じながらも幼馴染の提案に全力で甘え、私は陽介への返信を行う。
「お待たせぇ~!シャワー空いたよぉ~~!!」
そんなこんなで私がスマホと睨めっこしている間に、雪ちゃんはシャワーを終わらせたみたいだ。ふむ、今日はちゃんと服を着てるな・・・。
「どうしたの?ニマニマしちゃって」
「え?別にニマニマしてないけど・・・」
訝し気な表情を浮かべる雪ちゃんの指摘に、私は急ぎ頬の筋肉を引き締める。
「ふ~ん?まあいいけどさ」
「・・・・・」
「とにかく、夏ちゃんもシャワー行ってきなよ。汗かいたっしょ」
「うん、分かった。行ってくる」
スマホを机の上へと戻し、私は着替えを持って自室を後にする。
「あふぅ~」
温い水温のシャワーで汗を洗い流してバスタオルで体を拭き、脱ぎ散らかされたままになっていた雪ちゃんの洗濯物を洗濯機の中へと放り込んでいく。
「ねぇ、夏ちゃん」
「ん、どうしたの?」
「今週の土曜か日曜なんだけどさ、皆でカラオケに行かない?」
シャワーを浴びてサッパリとした私が向かった先のリビングで、クーラーを全開にしながらぐでぇ~っとしていた雪ちゃんがスマホを眺めつつ私にそう問い掛けてきた。
「桜たちとも話したんだけどさ、まだ夏ちゃんの歓迎会とかしてないじゃん?」
「いや、別にそこまでしてもらわなくても・・・」
それに日曜日は、ちょっと別件がありまして・・・。
「ふ~ん?なら、土曜日にする?」
「う、う~ん・・・」
女子のクラスメイトたちとカラオケかぁ・・・。
「正直な話、女子たちとの距離感とか話の内容とか、その辺がまだ掴めてなくてさ」
「ふ~ん?」
「だからそのぉ~、ちょ~っと私にはまだハードルが高いっていうか」
私が女になってから、もう少しで一月になる。トイレやらお風呂やらには慣れた私ではあるけれど、女性特有の絡み方にはまだまだ抵抗が強い今日この頃なのである。
「あ、桜?うん、私ぃ~~。さっきの件なんだけどさ、土曜でお願い。うんそう、日曜じゃなくて土曜日で」
え?
「うんうん、おけ~。じゃ、そゆことで」
・・・・・。
「夏ちゃん、そういうことになったから」
「・・・・・」
「今度の土曜は、皆で楽しくカラオケです」
「・・・・・」
ニンマリと、雪ちゃんはその口元を歪めている。一方の私は憮然とした表情を浮かべながら、無言のまま雪ちゃんに抗議の視線を送るのだった。