第240話:いつもと違う放課後
いつも通りの、登校風景。そこには同じ制服を着たたくさんの男女たちが入り乱れ、同じ目的地へと向かって歩いていく。そうして学校へと辿り着いて、そこから先はいつも通りの授業風景。私たちの視線の先には気難し気な表情を浮かべた数学担当の教師が立っており、私たちは一時たりとも気を抜けない。
そうやっていつも通りの時間が過ぎて、いつも通りの変わらない放課後がやってきた。だから今日もいつも通り何事もなく家へと帰り、そのあともいつも通りの生活を送るはずで・・・。
「・・・・・。私たちに何か用?」
今、家へと帰るために教室を後にした私とともちゃんの前に立ち塞がっているのは、武井君。相も変わらず大柄で強面で、その上いかにも不機嫌ですオーラを全身から発する彼は、やっぱり怖かった。
「用があるのは、ちっさい方だけだ」
「は?意味が分からないんですけど・・・」
「いいから、おまえはどけよ!それとチビはこっちに来い!!」
「ちょっと、いきなり何すんのよ!!」
ともちゃんの非難めいた叫び声と、腕を掴まれたことによる痛みからくる私の悲鳴。それは当然の如く周りからの視線を集め、下駄箱近くにいた生徒たちは何事かと集まってくる。
「え、何事?」
「ちょ、何してんの?!」
偶々近くにいた彼等彼女等は、武井君の突然の狼藉にただただ驚き困惑していた。
「ちょ、痛い?!痛いって?!」
周りから向けられる、数多の視線。悲鳴にも似た、ともちゃんの抗議の声。そして何よりも、痛みに耐えかねた私の絶叫に近い悲鳴。それら全てを無視した武井君はそのままずんずんと私を引き摺りながら進み、向かった先は体育館裏・・・。
「ちょ、あんたっ!マジで何てことすんのよ!!」
ようやく腕を放されその反動で尻もちをついた私に、ともちゃんは慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ギャーギャー喚いてないで、ちょっと黙ってろ!用があるのは、そっちのチビだけなんだから!!」
「あ?」
「おい、チビ助。おまえ、峰島中学にいた一色 夏樹だろ?二年の夏までサッカー部にいた」
「「・・・・・」」
いつも通りの平和な放課後は、残念ながらお預けらしい。
*****
「武井 瑞希って名前に、聞き覚えはあるな?」
「「・・・・・」」
「そいつに、俺のこと色々と話したな?」
「「・・・・・」」
武井 瑞希、それは、武井君のお姉さんの名前で・・・。でも、何故に武井君が私に?
「武井先輩と、話したことはあるけど・・・。でも、それは先輩から色々と訊かれたからで・・・」
私の返答を受けた武井君の表情は、険しさを増していく。それを見て慌てた私は急いで弁明すべく、次の言葉を紡ぎ出す。
「武井君のことについて確かに訊かれたけど・・・。でも私は、武井君について何も知らないし・・・」
「・・・・・」
「だから、話せること自体ないっていうか・・・。中学時代にも、そんなに交流はなかったし・・・。そもそも私たち、仲悪かったし?」
焦るあまり自分が夏樹であるということを誤魔化すことすら忘れて、私は早口で捲し立てていた。
「・・・・・。本当だな?」
「本当だって?!私は、武井君のことは何も知らないんだから!!」
強いて何かを語るとしたならば、それは武井君がサッカー好きってことくらいだし・・・。
「チッ・・・」
「「・・・・・」」
「どいつもこいつも、余計なことばかり・・・」
「「・・・・・」」
険しい表情が、少しだけ和らいだような気がする。怒気溢れるオーラが、ほんの少しだけ和らいだ気がする。
「なら、いい」
「「・・・・・」」
「悪かったな、変な事に付き合わせて」
「「・・・・・」」
それだけ言い残すと、未だに尻もちをついたままの私とその横で憤怒の表情を浮かべるともちゃんを一顧だにすることなく、彼は去っていってしまった。
「何だったの、いったい・・・」
茫然と呟くともちゃんの問いかけに、答えられる人はいなくて・・・。私たち二人は暫くの間その場で呆けてしまい、その後慌てた様子で駆けてきた先生たちによって保健室へと連行されるのだった。
あと一話だけ続くのです・・・。