第24話:2台のスマホ
体中に纏わり付いた汗をシャワーで洗い流した私は、リビングへと戻ってきた。雪ちゃんと違って痴女ではない私は勿論きちんと部屋着に着替えており、未だに半裸姿のままの従妹へと呆れた視線を向ける。
「雪ちゃんも、いい加減服着たら?また伯母さんに怒られるよ?」
そんな私の言葉に雪ちゃんは一切動じることなく、私よりも幾分膨らんだ胸を張り力強く言葉を発する。
「大丈夫!お母さんが帰ってくるまでには、まだ時間があるから!!」
「・・・・・」
「それに、今は夏ちゃんしかいないから!!」
「・・・・・」
一応私、元男なんだけどね?いやまあ、私が男だった時にも平気で下着姿晒してたから今更な気もするけどさ・・・。
「そういえば夏ちゃん、桜たちの連絡先知らないよね?」
「まあ、今日会ったばかりだしね。スマホも家に置いたままだったし」
原則として学校にスマホは持ち込めないから、今日会ったばかりの二人の連絡先については現状知らないままである。
「なら、私が教えてあげるからスマホ持ってきなよ」
「え、いいの?本人たちから許可もらわなくても?」
「大丈夫大丈夫!他の人たちならともかく、あの二人については問題無し!!」
私が止める間もなく、雪ちゃんはスマホを取りに自分の部屋へと引き揚げていった。
「はぁ~」
仕方なく、私も自分のスマホを取りに自室へと向かう。
「・・・・・」
私が借りている机の上には、新旧二つのスマホが並んでいた。一つは夏樹名義で契約されたものであり、もう一つは夏姫名義で新たに契約されたものであった。
そんな二つのスマホのうち、私は夏姫名義のスマホをその手に取る。そして、その足で再びリビングへと向かう。
「うっす、お疲れぇ~!桜の連絡先なんだけどさ、夏ちゃんに教えてもいい?お~け~お~け~、分かった、伝えとく!!」
私がリビングへと戻ると、そこには既に雪ちゃんの姿があった。彼女は新たにブラを身に着けた下着姿で、田辺さんたちと連絡を取っていた。
「本人たちの許可も取れたし、それじゃあ早速登録を・・・」
こうして、夏姫名義のスマホに新たに二人の連絡先が加わった。
「おめでとう!!夏姫になってからの、初めてのお友達の連絡先じゃん?」
「うん、まぁ・・・」
まだ十件ちょっとしかない連絡先を見て、私は何とも言えない微妙な気持ちになる。
「てか、前の学校の人たちの連絡先、移してないの?」
「いや、それは・・・」
「こっちから連絡しない限りバレないんだし、登録だけでもしとけばいいのに」
「・・・・・」
夏姫イコール夏樹ということを、前の学校の人たちに知られるわけにはいかない。完全に隠し切ることは不可能だろうけれど、それでもなるべくその範囲は抑えなければならない。
だからこそ、こうして二つ目のスマホを用意した。これは母さんたちの機転によるものではあるけれど、だからこそその運用は慎重にしなければ・・・。
「古いスマホの解約はまだしないつもりだし、急がなくてもいいかなって」
「ふ~ん?」
「それに、誤爆も怖いし」
「・・・・・」
夏姫名義のスマホには、まだ陽介たちの連絡先すら登録されていない。親しくしていた幼馴染たちにとって私は未だに夏樹のままであり、夏姫という名前の女の子は彼等に知られてすらいない。
「ま、別にいいんだけどさ」
手に持つスマホをテーブルへと置き、ようやく部屋着を身に着け始めた雪ちゃんがそうぶっきら棒に呟く。
「でもさ、親しい人にはどうせバレるんだし。それならいっその事、早めに言っちゃった方が楽になれるんじゃない?」
「・・・・・」
「それでもし変な事言う奴がいたら、私がぶっ飛ばしてあげるって。私はいつだって、夏ちゃんの味方だから」
「雪ちゃん・・・」
この前、大泣きしていたところを雪ちゃんに見られたからなぁ・・・。それで、もしかしたら変な気を遣わせてしまっていたのかもしれない・・・。
クーラーの効いたリビングで、従妹の雪ちゃんと二人っきり。そこでどことなく気マズい思いを抱えながら、私は残暑の厳しい午後の時間を過ごすのだった。