第233話:熱い空間
「さあ、着いたわ!!皆、準備はいい?」
「はい!会長!!」 「「「・・・・・」」」
「それじゃあ、気合入れて行くわよ?」
「うおぉーーーーっ!!」 「「「・・・・・」」」
BL普及委員会会長であるところの、枕崎さん。そんな彼女に先導されて私たちがやって来たのは、駅前にある書店の一つ。
「会長、ありました!今日発売の、『君の瞳と穴に乾杯』が!!」
普段クールな印象の彩音ちゃんは、すっかり壊れてしまっていた。私たちのグループの中では一番知的で頭もよくて、どちらかというとお姉さんタイプの彩音ちゃんの姿はそこにはなかったのである。
「おい、正彦!!」
「・・・・・、何だよ・・・」
「いい加減、色々と説明しろよ?!」
「・・・・・」
不敵な笑みを浮かべ、目の前に積まれた書籍に視線を巡らせる枕崎さん。そしてその隣で、鼻息を荒くし興奮した様子の彩音ちゃん。そんな二人の女子を見て、男子たちは引き攣った表情を浮かべていた。
「いや、だから・・・。今日は一色さんとデートできるチャンスだって・・・」
「で、デートって・・・」
「勿論、今日のこれは文芸部の活動で、俺はそれに一色さんが参加するって話を友達の友達のその友達の友達から聞いてたからさ」
「・・・・・」
二人の男子の視線が、私へと突き刺さる。そんな男子たちの視線を受けた私は、慌てて適当なBL本をその手に取りそれで顔を隠す。
「俺はあくまでも、普通の文芸部の活動だって聞いてたんだよ。文芸部以外の人でも参加できる、本好きのための活動だって・・・」
「・・・・・。本当かよ・・・」
「本当だよ!!だから、これはチャンスなんじゃないかって、さ・・・。再度告白するにしても諦めるにしても、一色さんの近くで合法的に過ごして、それで・・・」
「・・・・・」
私がその視線をバラ色の表紙に向けているその向こうで、男子たちの会話は続く。内田君は今回の催しに参加したその旨を改めて説明し、だけどそれに対する深山君の反応は薄くて・・・。
「何で、そんな余計なこと・・・」
「余計って、んなこと言うのかよ?!」
「だって、今更・・・」
「今更も何も、おまえは未練タラタラじゃねーーかよ!部活の時もグチグチウジウジと、教室の中でも元気ねぇーって、陽介も言ってたぞ!!」
あの、もう少し声量を・・・。
「でも、だって・・・」
「でももだってもねーーよ!おまえはいい加減、前に進むべきだ!!」
「・・・・・」
「おまえは、フラれたんだよ!そこにいる一色さんに、言い訳もできないくらい完膚なきまでにしっかりとフラれたんだよ!!」
二人の男子の視線が、再度私の方へと向く。あの、えぇ~っと、そのぉ・・・。こっち見ないでくれます?
「フラれた以上、もうキッパリと諦めるしかないだろ・・・」
「・・・・・」
「それができねーんなら、もう一度男を磨き直して、それで再アタックするしかねーだろが!!」
熱くなった内田君の声が、店内へと響き渡る。それはもう言い訳なんてできる状況じゃなくて、遠くの方で様子を窺っていた店員さんたちは次第に眦をつり上げていく。
「おまえは、何で一色さんのことを好きになったんだよ・・・」
「それは・・・、一目惚れで・・・」
「で?距離を詰めるために、おまえは何をしたんだよ?」
「それは・・・、体育祭の練習を一緒に・・・」
私は、何を聞かされているのだろう?せっかくの貴重な休日に、私は一体何をしているのだろう・・・。
「会長・・・」
「何かしら」
「熱いですね・・・」
「そうね・・・。何ていうか、捗るわね・・・」
後ろ側からは、男子たちの会話が聞こえてくる。横側からは、女子たちの熱い囁きが聞こえてくる。そして前方からは、いつの間にか近くまで来ていた店員さんたちからの無言の圧が・・・。
「本当に、本当にすみません!!今ちょっと、二人とも感情的になってて・・・」
熱くなった男子二人は勿論のこと、そんな男子たちを熱っぽい視線で眺める女子二人から何の援護も得られなかった私は一人店員さんたちに頭を下げながら、空虚な思いを抱えつつ心の中で滂沱の涙を流すのだった。