第232話:目的地までの道のり
皆さんは、恋というものを経験したことがありますか?私はありません。だからそれがどういったものなのかを私は本当の意味で知らないし、理解できていないのです。
私を含め今この世界に存在している人たちは皆両親から生まれ、その両親は当然ながら恋というものを経験しているはずで・・・。それはつまり、世の中にいる大多数の人たちが恋というものを本当の意味で知っているということになり・・・。
幼馴染のともちゃん曰く、それは意識してできるものではなく自然とそうなるとのこと。現在二連敗中のさっちゃん曰く、それはとても甘美で輝いていて、同時に恐ろしいまでに残酷で苦々しいものなのだとのこと。
今、私のちょっと先を歩く一人の男子。その名も深山君。彼はよりにもよってこの私へとその思いを寄せ、しかも大勢の人たちの視線がある場所で大胆に告白し、そして・・・。
聞いた話によると、あの鈴木君にも彼女がいるらしいし・・・。ひょんなことから知り合うこととなった新島さんも、深山君と同様に大胆な告白をしたらしいし・・・。
皆、私と変わらない歳のはずなのに・・・。何ていうか、凄いなぁ・・・。私も皆と同じ歳のはずなのに、私は色々と遅れているのだろうか?
「・・・・・、どうしたの?」
「いや、ちょっと考え事を・・・」
チラリと、隣を歩く彩音ちゃんの方へ視線を向けてみたのだけれど、勘のいい彼女は私のそんな視線に気が付いたようである。
「彩音ちゃんてさ、恋とかしたことある?」
「・・・・・。いや、無いけど?」
私から視線を外し、その頬を薄っすらと染めながらそう答える彼女の顔は、かつて見たことがあるともちゃんやさっちゃんの顔とダブるようなそうでもないような・・・。
「でも、こういうのいいなって、思ったことくらいならあるかも」
「ふ~ん?」
「例えば、こういうのとか」
素早くスマホを操作し、彩音ちゃんが私に見せてきたもの。それは、とても濃くて暑苦しい薔薇・・・。
「あと、こういうのとか」
「・・・・・」
「他にも、これとか」
「・・・・・。そっか、そっかぁ・・・」
私の目を、脳を、薔薇が侵食していく。てか彩音ちゃん、いつからこんなにも・・・。
「中学生の時の、修学旅行でさ。私、今までに感じたことがないくらいの衝撃を受けたんだよね」
「・・・・・」
「委員長が、いや、会長が貸し出してくれたあの本。あれは、運命だったと思うんだよ」
「・・・・・」
あの日あの時、私と雪ちゃんが枕崎さんからあのBL本を借りさえしなければ・・・。彩音ちゃんにも、違う今があったかもしれない・・・。
「何ていうか、ゴメンね?」
「え?何が?」
「いや、何となく・・・」
何となく、本当に何となくではあるのだけれど、謎の良心の呵責に苛まれた私は一先ず彩音ちゃんに謝罪しておく。
「ふ~ん?変なの」
「・・・・・」
そうして、更に会話は続き・・・。
「私もさ、昔は男子が苦手だったんだよね。夏姫ちゃんほどではないかもしれないけどさ。小学生の頃とか、スカート捲りとかされたし・・・。中学生の頃だって、やんちゃな子が多かったしさ」
彩音ちゃんはそう言うと、薄く笑ってスマホを仕舞う。
「だからまあ、私もさちちゃんのこと笑えないっていうか・・・。私もある意味、現実から目を逸らして夢見てるだけだから・・・」
目の前を歩く、二人の男子。そして彼等の更に前を歩く、BL普及委員会会長の枕崎さん。そんな彼等に聞こえないように、私たちは小声で話を続ける。
「私たちも、いつか恋をするのかな?創作物の中の人物にじゃなくて、誰か素敵な人と・・・」
「・・・・・、どうなんだろうね・・・」
話しながらも私たちは、その足を止めることなく動かし続けて・・・。そうして私たちは、一つ目の目的地へと辿り着いたのだった。