第229話:んなこと知らんがな?!
今の季節は、零れる息が悉く真白に染まる冬。そしてそんな真冬の肌寒い空気が満ちたとある空き教室に、私たち二人はいた。
「私は、私だよ?私は他の誰でもない、一色 夏姫だよ?」
重苦しい沈黙が支配するその教室で、私は向かい合う一人の男子に向かって宣言する。「私は夏姫であって、夏樹ではない」という明確な拒絶の意味を込めて、私はそう言葉を発したのだ。
「えぇと、それは・・・」
私の言葉を受けた内田君は、その顔を大きく歪めたまま明らかに動揺していた。単身私の教室までやって来て、そこで私を呼び出した時にも既にオロオロとしていたのだけれど、今はその時を上回る勢いでオロオロキョロキョロと落ち着きを無くしてしまっていた。
「「・・・・・」」
長い沈黙が、教室を支配する。内田君は紡ぎ出すべき言葉を見つけられず、私は私でそれ以上語るべき言葉を持たず・・・。
とはいえ、いつまでもこのままってわけにもいかない。昼休み時間は有限であり、そもそも彼が何を目的として今回の面談を望んだのか、それを知らないことには私自身が落ち着けないだろうから。
「あのさ、内田君?そもそもの話、仮に私があなたの言うところの峰島中学の夏樹君だっけ?それがその通りだったとして、それが何だっていうの?」
早くこの話を終わらせたくて、それと同時に内田君の真意が知りたくて、私はそう彼に問い掛ける。
「え、えぇ~と・・・、実はさ・・・。俺自身の話じゃなくて、深山のことなんだけど・・・」
・・・・・、え?
「み、深山君?深山君って、あの深山君?」
「そう、その深山のことで話があって・・・」
・・・・・。
「えぇと、何故にここで深山君?それと内田君の話と、どういう関係が?」
意味が、分からない。私の正体の話が、どうして深山君の話に繋がるというのか・・・。
「実は、なんだけど・・・。深山のやつ、未だに一色さんのことが好きみたいでさ」
え、えぇ・・・?
「気を悪くしないでほしいんだけど・・・。あいつ、ガチで一色さんのことが好きみたいで、めっちゃタイプだったみたいで・・・」
思わず、私は天井を見上げてしまう。そして、そこにあったシミの数を一から数え始めてしまう。
「フラれたんだから、いい加減諦めろって、何度も何度も話して・・・。だけど、どうしても諦め切れないみたいで・・・。文化祭の時だって、あんな感じで暴走して、それで・・・」
何となく、何となくではあるけれど、内田君が言わんとしていることが分かったかもしれない・・・。
「もしも、もしもだけどさ!!一色さんが、あの一色 夏樹だったなら・・・。それなら、流石のあいつもキッパリと諦めて、次に進めるんじゃないかって・・・」
つまり、それは・・・。
「初恋の相手が、元男だったとしたら?それならあいつも、正気に戻るだろ?」
そうかな?そうかも?
「俺、あいつのことが心配なんだ・・・。過去の失恋をいつまでも引き摺って、そのせいなのか部活の時も上の空で・・・」
内田君の口から語られたのは、あまりにも予想外過ぎる理由で・・・。てか、そんなこと言われても・・・。
「一つだけ、いい?」
「ん?何?」
「仮に、仮にだよ?仮に私が元男だったとして、それを深山君が知ったら・・・」
それはそれで、色々とマズいんじゃない?
「「・・・・・」」
教室内に、再び沈黙が落ちる。私の発した言葉に、内田君は遠い目をしている。
「俺は、俺はいったいどうすれば・・・」
んなこと知らんがな?!、と、雑に叫んでこの話を終わらせることができたのならばどんなに楽だっただろう・・・。しかしながら、相も変わらず小心者の私はそんなこと叫べるわけもなく、内心溜息を零しながら、再びその視線を天井のシミへと向けるのだった。