第228話:宣言
一月も半ばとなったとある日の昼休み時間、私は一人の男子と二人っきりで向かい合っていた。その男子の名前は内田 正彦といい、かつて私が通っていた峰島中学時代の元クラスメイトで、彼もまた過去の私を知る人物の一人なのである。
「突然、こんなこと訊くのは失礼だって解ってる。だけど・・・。一色さんて、夏姫さんて、峰島中学にいた、一色 夏樹、だよね?」
探るように慎重に、だけれども確たる根拠と自信を持つかの如く大胆に、内田君は私にそう尋ねてくる。
「みねしま、中学?」
「・・・・・」
「それって、私が通っていた大葉中学とは学区の違う?」
「・・・・・。そう、だけど・・・」
私は努めて、平静を装う。
「あなたは・・・、えぇ~っと、名前は確か、内田君、だよね?」
「・・・・・。うん、そうだよ」
「私は、内田君が何を言いたいのか、それがイマイチ理解できないっていうか・・・」
「・・・・・」
陽介から、内田君が夏姫イコール夏樹という事実に勘付いているらしい、ということは聞いていた。深山君からの告白を受けた私は、その名前と顔がサッカー部の面々を中心に広まってしまっていたから・・・。
サッカー部に所属し、昔から深山君と仲の良かった内田君が、普段あまり関わり合うことのないはずの夏姫という存在について知ることは当然の成り行きだったと思う。そしてその過程で夏姫という今の私に夏樹という過去の私の面影を見出してしまい、更には登下校時に同じ駅を使っている場面でも見ようものならばそれはただの憶測から確信へと変わるはずで・・・。
現に高校入学当初の美月ちゃんや木下さん、中学時代に再会したさっちゃんなんかは私の顔を見て速攻でその可能性に気が付いていた。だからさっちゃんは私にあのようなアプローチまでしてきたし、美月ちゃんや木下さんについても変に誤魔化すのではなく、私の抱える秘密を知る仲間として引き込む選択を取らざるを得なかったのだから。
「「・・・・・」」
重たい沈黙が、部屋の中を満たしている。冷たい冬の冷気が、私たちの肌を撫でていく。
「「・・・・・」」
彼の目的は、何だろう・・・。仮に私が夏樹だったとして、そこに彼は何を求めているのだろう・・・。
「「・・・・・」」
かつて私は、夏姫としての新しい生活を守るために夏樹という過去の存在を闇へと葬った。その過程で私は峰島中学時代の元クラスメイトたちとの連絡をなるべく自然な形で絶ち、結果として彼等を困惑させ悲しませる形になってしまった。
だけどそれ以外に、私にはどうすることもできなかった。ああするしか、思いつかなかった。男だった夏樹という存在が突然女になって、そんな私が夏休み明けから当たり前のように女として皆と一緒に学校へと通って・・・。
そんなこと、できるわけがない・・・。できるわけがないのだ・・・。
皆が皆、幼馴染のともちゃんや従妹の雪ちゃんみたいに私と親しかったわけではない。全てのクラスメイトが、さっちゃんや美月ちゃんみたいに私に好意的だったわけじゃない。そんな中で、夏休み前までは男だった私が当たり前のようにクラスメイトの女子たちと一緒に女子トイレへと向かい同じ教室の中で着替え、修学旅行とかでは一緒にお風呂へと入って同じ部屋で寝て・・・。
今思えば、早いタイミングで私に転校を勧めた母さんの判断は、本当にナイスな判断だったと思う。私があんなことになった日には激しく取り乱していた母さんではあるけれど、我が母ながら中々にしっかりとしていらっしゃる。
稀有で難しい案件だったにも拘わらず色々と便宜を図ってくださったらしい各校の校長先生方も終始落ち着いていたし、唯一最後までアタフタしていた元担任の先生には申し訳なかったのだけれど、やはりあれは最善で最適な行動だったのだろう。
「あの、さのさ・・・」
「・・・・・」
「えぇと、その・・・」
「・・・・・」
だから私は、彼に対してどうすることもできない。内田君が何を目的としているにしても、私は今の夏姫としての生活を守るために、夏樹という存在を全力で否定しなければならない。
「内田君?」
「あ?え?」
「内田君が何を言いたいのかはよく分からないんだけど、でも・・・」
私はそこで一息区切り、そして・・・。
「私は、私だよ?私は他の誰でもない、一色 夏姫だよ?」
私はハッキリと、そう宣言するのだった。