第221話:お嬢様
いよいよ最終章となります。あともう少しだけお付き合いくださいませ。
十二月末のとある冬の夜に、私たちは眞鍋さんの豪邸にいた。本日は冬休み期間中のクリスマスであり、そんな聖なる夜に私たちは眞鍋さんからお泊まり会の誘いを受けてお土産片手に彼女の家を訪問していたのである。
「これが、七面鳥・・・」
お洒落な調度品に囲まれたダイニングに案内されること十数分後、私たちの目の前に現れたのはその表面をカリカリに焼かれた七面鳥。私たちが談笑している間に用意されたそれは私が今まで見てきたどの鶏肉よりも巨大で威圧感があり、とにかくデカかった。
「ほ、本日はお招きいただきまして、あ、ありがとうございます・・・。それに、こんな豪華な料理まで・・・」
ニコニコ顔の眞鍋さんのお母様に、流石のともちゃんもその顔を引き攣らせている。私たちの目の前に並べられたご馳走はどれも見栄えが良くて美味しそうで、とにかくお高そうであったのだ・・・。
「うふふふふ。いいのよ、そんなに畏まらなくても」
実の娘であるはずの眞鍋さんとは似ても似つかぬお嬢様然としたオーラをその体に纏わせながら、お母様は配膳を続けている。
「そうそう、皆を呼んだのはこの私なんだから。それにこれだけの料理、私たちだけじゃ食べきれないしさ」
一方で眞鍋さんはその配膳を一切手伝うことなく、テーブルに並べられたご馳走の山にその視線を釘付けにしながら舌なめずりを繰り返していた。
「ねえ、甲山さん?」
「ん?何?」
「眞鍋さん家のクリスマスって、いつもこんな感じなの?」
本日眞鍋さんに招待されたメンバーは私とともちゃんと、甲山さん。その中でも複数回眞鍋家のクリスマス会に参加経験があるという甲山さんに私は小声で確認してみたのだけれど・・・。
「う~ん、私も毎年参加ってわけじゃあないからなぁ・・・。それに、今年はさっちんのお姉さんいないみたいだし」
「「・・・・・」」
「でもまあ、大体こんな感じなんじゃない?」
「「・・・・・」」
恐ろしいことに、眞鍋さんは私たち三人以外にも親しい友人たちを誘っていた。それは昔家が近かったらしい彩音ちゃんだったり、こちらに引っ越してきてから親しくなった木下さんだったり・・・。残念ながら私たち以外のメンバーは家族でのクリスマスを楽しむらしく今回のご招待には応じられなかったわけなのだけれど、この家、マジでどうなってんだろ・・・。
「ねえ、なっちゃん」
「・・・・・、何?」
「もしかしなくてもだけどさ、この料理、私たちだけで?」
「・・・・・」
私だって、陽介の家やともちゃんの家でのお誕生日会とかクリスマスパーティーとか、そういったものにお呼ばれしたことくらいある。彼等の家に泊まったことも数え切れないくらいある。私たち三人の家は近かったし親たちも仲が良かったから、そういった催しへの参加のハードルがとても低かったのだ。
だけど今、私たちの目の前に並べられている料理の数々は過去私が見てきたどの料理よりも豪勢であり、それは曲がり間違ってもお友達の家でのお泊り会に出てくるような料理ではない。それに何よりも、小学生くらいの小さな頃ならばともかくとして、大人の体に近づいた自身の友達を複数人泊めることができる家なんてそんなに無いと思うのだ。
「普段の言動を見てるととてもそうは思えないんだけどさ、やっぱさっちゃん、お嬢様なんだわ・・・」
どこか遠い目をしながら、ともちゃんは呟く。
「部屋に置いてある小物もお洒落で高そうだしねぇ~。なのに、学校ではどうしてあんなにも・・・」
私もどこか遠い目をしながら、そう呟いた。
「何々?二人とも何話してんの?」
「「いや、別に・・・」」
「ふ~ん?」
「「・・・・・」」
全ての配膳が終わり、眞鍋さんのお母様に促されて、私たちは料理に手を付ける。今この時間も一人寂しく仕事中であるらしい眞鍋さんのお父様に胸中でエールを送りながら、私はその手と口を動かす。
「・・・・・。美味しい・・・」
私の口から出てきた感想は、それだけだった。
「ホント、凄く美味しい・・・」
ともちゃんも甲山さんも、口数少なく料理を次々に口の中へと放り込んでいく。そして、そんな様子をニコニコ顔で見守る眞鍋さんのお母様。
「やっぱり、大勢での食事は楽しいわね」
「そうだね。お父さんも、今日くらい早く帰ってくればいいのに・・・」
広くて、綺麗で、とてもとてもお洒落で・・・。そんな空間での、豪勢なディナー。それはたぶん、いや・・・、きっと多くの人が憧れる光景なのだろう。でも・・・。
「お母さんは食べないの?」
「う~ん。本当はいつも通り茂さんが帰ってから一緒に食べようと思ってたんだけど、私も少しだけ頂こうかしら・・・」
もしも仮に、こんなにも広いスペースで毎日毎日一人っきりの夕食の時間を過ごすのだとしたら、それはとても寂しいことなのではないかと、二人の親子の会話を聞くともなしに聞いていた私は思うのだった。