第218話:残る傷跡
十一月も半ばが過ぎ、すっかり冬本番に突入したらしい今日この頃。そんな寒い週末の土曜日に、私たちは駅前にいた。
「うぅ~、寒い・・・。はぁ~、まだかな、まだかな?」
いつもの四人組で・・・、私とともちゃん、そして眞鍋さんと甲山さんの四人で居並ぶその視線の先には、人の列・・・。
「あと、十分・・・。あと、もう少し・・・」
私たちが週末の遊び場としてよく利用している駅前、その一角には、新規店オープンの看板がデカデカと掲げてあった。そのお店は所謂スイーツ専門店であり、半年くらい前までは活況だったはずの総菜パンのお店をそのまま居抜きし、そして本日堂々のオープンを果たしたお店なのである。
「あぁ~、楽しみだなぁ~~」
「そうだねぇ~~」
「やっぱ生チョコかなぁ~?それともモンブラン?」
「いやいやいや、それよりもなによりも洋ナシのタルトでしょ!!」
私たちの視線の先にズラ~っと並ぶ若い女性たちは、瞳をキラキラと輝かせながら話し込んでいる。ついでに私のすぐ目の前にいるイツメンたちもその口元を綻ばせながら、涎をハンカチで拭っている。
「「「じゅるり・・・」」」
「・・・・・」
「むふふふふ・・・」 「ぐへへへへ・・・」 「いひひひひ・・・」
「・・・・・」
そうして短いようで長い時間が経ち、ついにその時はやってきた。
「皆様、大変長らくお待たせ致しました。只今より整理券番号順にご案内しますので、足元に注意してゆっくりとお進みください」
長い列が、ゆっくりと動き出す。明るくポップな内装の店内に、女性たちが吸い込まれていく。
「「「「おぉ~~」」」」
そんな彼女たちに続く形で辿り着いたお店の中は、光り輝いていた。そして、フルーツの酸味が効いた素敵な甘い香りが満ちていた。
ガラス張りのショーケースの中には色とりどりのスイーツが並び、それはまるで宝石のようで、そんな美しい見た目のスイーツたちがあっと言う間に女性たちによって買い漁られていく。
「ヤバいヤバい!!どれにしよう?!」
ショーケースの前で、眞鍋さんがアタフタしている。
「私は、これとこれで・・・」
同じくショーケースの前で、ともちゃんが冷静にスイーツを選らんでいる。
「じゃあ、私はこれとこれで・・・」
とりあえず私は、モンブランとイチゴのタルトを選択だ。
「「「「ふぅ・・・」」」」
そうして私たちはややテンパり気味な店員さんから求めていたスイーツを受け取り、お店を後にした。激しくも実りある闘いを終えた私たちは未だに込み合っているその場を離れ、一息つくために駅近くの公園へと向かう。
「うぅ~、やっぱ外は寒っ!!寒過ぎるっ?!」
「そりゃ~、ミニスカ穿いてれば寒いでしょうよ」
体を丸め足を擦り合わせ、そうやって必死に寒さへと抗う眞鍋さんに甲山さんはツッコミを入れる。
「普通にズボン穿けばいいじゃん。もしくはロングのスカートとかさ」
「いや、でも・・・。せっかくの機会だから・・・」
つい先日、鈴木君への片思いが残念な形で終わりを迎えた眞鍋さんは、半泣きである。
「どうせ、見せる相手もいないんでしょ?」
「ぐぐっ・・・」
「それ、元々は鈴木君とのデートの時に着ていく予定だった服の候補の一つじゃん?あんた、色々と痛過ぎるって」
「・・・・・」
死んだ魚のような目をしながら、眞鍋さんはブツブツと呟いている。これは供養なのだと、このスカートにも、一日くらいは外の景色を見せてあげたかったのだと・・・。
「最近さ、胸だけじゃなくてお尻も育ってきてるから・・・。だから今着とかないと、夏にはもう着れないかもしれないから」
「「「・・・・・」」」
「シクシクシク、シクシクシク・・・」
「「「・・・・・」」」
遊具も無く、小さなベンチが複数設置されただけの公園。そこはボール遊びが禁止で、何なら走り回ることすらも禁止で、そんな小さくてうら寂しい公園に私たちは辿り着いた。
「ほら、もう泣かないでよ?!せっかく美味しそうなスイーツ買ったんだし、ねぇってば?!」
冬の公園に、眞鍋さんのすすり泣く声が響く。それはとても悲しくて切なくて、そして、何とも遣り切れない声だった。
「分かってる、分かってるんだけど・・・」
上月先輩に続き、鈴木君で二敗目・・・。どちらも女子からの人気は高かったし、それ故に恋の成就の可能性自体は低かったわけなのだけれど・・・。
「ほら、さっちゃんも食べなよ。恋とか愛とか、そんな夢物語のことなんて忘れてさ」
尚も何事かを呟こうとしている眞鍋さんに、ともちゃんは語りかける。買ったばかりのタルトを箱から取り出しながら、ともちゃんはその瞳を眞鍋さんへと向ける。
「鈴木君への恋はもう終わったんだから。さっちゃんも、次に進まないと・・・」
その瞳に、その言葉に、見え隠れするともちゃんの感情。それは彼女からの告白を断った私にダイレクトに響き、私の小さくて弱弱しい心臓はコントロールを失ってその動悸を早める。
「残酷な恋とは違って、このタルトはこんなにも甘くて美味しい」
「・・・・・」
「だから、ね?」
「・・・・・」
ともちゃんの言葉に眞鍋さんは小さく頷き、膝上に置いた箱の中身を手に取る。彼女はそれをゆっくりと口元へ運び、苦笑いを浮かべた。
「甘いっちゃあ甘いけど、なんかしょっぱいや」
「「「・・・・・」」」
「あはは、あはははは・・・」
「「「・・・・・」」」
強がり、泣き笑いを浮かべながら、買ったばかりのスイーツをその口へと運ぶ眞鍋さん。彼女を励ますように、ポツポツと語りかけるともちゃん。そんな二人を見るともなしに横目で眺めながら食べたスイーツの味はほろ苦くて、そして、どこか味気ない感じがしたのだった。