第212話:更に広がる腐海・・・
私が初めてそれを目にしたのは、私がまだ中学生の頃。たまたま同じクラスの委員長だった枕崎さんにそれを渡され、従妹の雪ちゃんと一緒に読んだ時のことになる。
あれは確か修学旅行時のバスの中で、その後に起こる悲劇など知る由もなくて・・・。初めて目にするあまりにもあんまりな内容に脳みそを焼かれ、多過ぎる肌色成分に目が回って・・・。
私自身、それ以前にも肌色過多な漫画については目にしたことがあった。従姉である秋葉お姉ちゃんが持つ乙女チックな漫画の中には過激な内容の物もまあまあ存在したし、それを半ば強要される形で読まされた過去を持つ私は多少なりともそういった内容については耐性を持っていたつもりなのだ。
それにここだけの話、私はもっと生々しい内容の静画や動画だって目にしたことがある。それはエロ大魔王であった桜ちゃんイチオシのサイト経由で見たものなのだけれど、年相応の興味本位でそれを見た私は想像以上のグロさとリアルな生臭さに思わず悶絶絶叫したものだ。
とにもかくにも、私だってもう十六歳なのだ。なので望む望まないに関わらず、そういった情報はどこからともなく目や耳に入ってくる。
だけれども、枕崎さんから渡されたそれは今まで見聞きしてきたそれらとは一線を画していた。それは私が見てきたどの静画や動画よりも熱くて激しくて、何ていうか、薔薇だったのだ・・・。
「なっちゃん、どしたの?モゾモゾしてさ」
「いや、別に・・・」
過去の記憶のせいで、ちょっとお尻がムズムズしただけだよ・・・。
「てかさ、これって文芸部の活動なんだよね?」
「・・・・・。そう、彩音ちゃんは言ってたね・・・」
一つの本棚を挟んだ向こう側から、枕崎さんの楽し気な話し声が聞こえてくる。というよりも、枕崎さんの声しか聞こえてこない。
「でねでね?このメガネ男子が受けで、こっちのトゲトゲ金髪の男子が攻めで・・・。このメガネ男子はいつもは強気な言動でSっぽいんだけど、実はM願望があって・・・」
真鍋さん曰く、今日のこれはデートらしい。だがしかし、その実態は・・・、文芸部の活動を隠れ蓑にしたBL普及委員会による啓蒙活動・・・。
「どうかな?眞鍋さん?」
「え、えぇ~と・・・」
「私的にはこれとこれと、これなんかがお勧めなんだけど?」
「・・・・・」
三人にバレないように、私たちは書店の中を静かに移動する。そしてそのまま棚の影からそっと様子を伺い、眞鍋さんの様子を観察する。
「こ、これは・・・」
「うふふ、どう?」
「・・・・・、ごくっ」
「うふふふふふ」
顔を真っ赤にしながら、一冊の本を覗き込む女子二人。そして、その横で気マズそうな表情を浮かべながら居心地悪そうに佇む鈴木君。
「あのバカ?!鈴木君をほったらかしにして何してんのよ全く!!」
小声で、甲山さんが罵声を上げている。
「あんなんだから、いつもダメダメなのよ・・・」
冷めた表情のまま、ともちゃんが溜息を零している。
「「「・・・・・」」」
そうして約一時間もの間、その地獄のような時間は続いた。その間女子二人は鈴木君そっちのけでBL本と思しき本を読み漁り、そんな二人を見守る彼の顔色はますます青白くなっていった。
「あのバカ・・・。本当に何やってんのよ・・・」
数冊の本を購入し、書店を後にする三人。彼等の向かう先には別の書店があったはずなので、恐らくはそこに向かうのだろう。
「どうする?このまま追う?」
「う~ん、そうだなぁ~。このまま続けても、さっきの繰り返しになりそうだしなぁ~」
唸る甲山さんは三人から視線を外し、先程まで彼等がいた書籍コーナーへと向かう。そこには二人の美男子が表紙を飾る本が数多並べられ、その一冊を手に取った彼女はパラパラとページを捲っていく。
「どう、みっちゃん?」
「・・・・・」
「み、みっちゃん?」
「・・・・・」
その指は、止まらない。甲山さんの指は次から次へとページを捲っていき、彼女の鼻息は次第に荒くなっていく。
「「・・・・・」」
え、えぇ~っと・・・。
「ともちゃん、どうする?」
「いや、どうするって・・・」
つい先程まで、顔を真っ赤にしながらBL本を読み耽っていた友人を口汚く罵っていた甲山さん。そんな彼女は今、顔を真っ赤にしながらBL本を読み耽っているわけで・・・。
「「・・・・・」」
どうしよう・・・。何か、またお尻がムズムズしてきたんだけど・・・。