第21話:夏休み明けの転校生
ここから第二章(21話~40話)となります。恋愛要素も少しずつ出てくる予定ですので、引き続き応援よろしくお願いします。
見慣れぬ教室の中から、ザワザワとしたざわめきが聞こえてくる。私以外誰の姿も見えない真っ白な廊下で、私はソワソワとその時を待つ。
「急なお知らせになるのだけれど、今日は皆さんに新しいお友達を紹介しようと思います。それでは一色さん、中に入って」
新しく私の担任となった前原先生の声に従って、私はその重い扉を開く。
「彼女はご両親の仕事の都合でこちらに引っ越してきて、今日からウチのクラスに通うこととなりました。さあ、一色さん、皆にご挨拶を」
「今日からここに通うことになりました、一色 夏姫です。よろしくお願いします」
クラスの人数は、ざっと30人ほど。その30人ほどのクラスメイトたちの物珍し気な視線が、私に集中する。
「一色さんの席は、一番後ろの廊下側の席ね?ほら、あの空いている席」
そう言って前原先生が指差したのは、ニヤニヤ顔を浮かべる我が従妹の隣の席だった。
「よう、大葉中学校へようこそ」
「・・・・・。どうも」
小声で悪戯っぽく笑う従妹へと適当に返し、私は用意された自分の席へと腰掛ける。
「それじゃあ、ホームルームを始めるわね?一色さんへの質問やら何やらは、それが終わってからにしてちょうだい」
夏休みの宿題の回収、今月の行事の連絡、その他明日以降の連絡事項諸々・・・。そういった短いようで長ったらしいホームルームを終えた私は、あっという間に新しいクラスメイトたちに取り囲まれてしまった。
「始業式の時にはいなかったよね?いつから学校にいたの?」
「始業式の時は職員室で色々と説明を受けてて、それが終わったタイミングでここに呼ばれたの」
「引っ越してきたっていうけど、どこから?前の中学校はどこ?」
「えぇと・・・」
矢継ぎ早に繰り出されるクラスメイトたちの質問に、私は虚実織り交ぜながら答えていく。
「前の学校は、峰島中学だよ」
「え?すぐ隣の学校じゃん?!」
「そうなんだけど、親が仕事で忙しくてさ。家に私一人は何だからって、従妹の大代さんの家でお世話になることになって」
「へぇ~、そうなんだ」
私がここに転校してきた本当の理由は、当然ながら彼等には秘密である。私のこの特殊な事情は経験豊かなはずの大人ですらもその対応に難儀するものであり、色々な意味でまだ未熟な中学生たちがそれを知ってしまった場合どういった事態に転がっていくのか未知数であったからだ。
そして何よりも、今の私の状況を必要以上に広めてしまうことは私自身の精神衛生上よろしくない。ただでさえ変わってしまった体のことだけでも手一杯であるのに、それに加えて余計な心理的負担を増やしたくなどなかったのである。
「部活何やってたぁ~?」
「部活は、文芸部に入ってた」
「へぇ~、そうなんだ。ここでは何かやるの?」
「ううん、まだ決めてない」
本日に備え、母さんや伯母さんや従妹である雪ちゃんとあらかじめ練っていた設定で、クラスメイトたちの質問攻勢をのらりくらりと躱し続ける私。
「私、峰島中学の二年に友達がいるんだぁ~。眞鍋 沙紀ちゃんっていうんだけど」
「へ、へぇ~、そうなんだ?」
「知ってる?もしかして、同じクラスだったりしない?」
「う~ん、名前は聞いたことあるかも?だけど、同じクラスじゃなかったかなぁ~」
あ、あぶねぇ~~?!眞鍋さんて、もしかしてともちゃんの友達のさっちゃん?!
「そっかぁ~、知らないかぁ~」
「うん、ごめんね?」
「ううん、向こうも確か三クラスくらいあったはずだし、仕方ないよ」
私の事情を誤魔化すために皆で考えた設定、それは、真実の中にほんのちょっぴりの誤情報を混ぜ込んで作られていた。あまりにも嘘だけで塗り固めてしまった場合、必ずどこかでボロが出る。私自身嘘が得意なわけでもないし、口が飛び抜けて回るわけでもないしねぇ・・・。
だけどそのことによって、私は初日からヒヤリとすることになった。私が通っていた峰島中学と新たに通うこととなった大葉中学は学区一つ違うだけで非常に近距離にあるため、私と雪ちゃんのように別中に所属しながらも親しい関係を続けている生徒がいることは何ら不思議でもなかったのだ。
「ほらほら、こっちばっかり質問しないの!あんたたち、まだ自分の名前すら名乗ってないじゃない!!」
際どい質問によって若干挙動不審気味となった私を助けるべく、従妹の雪ちゃんが動く。彼女の指摘によって私を質問攻めにしていたクラスメイトたちはバツの悪そうな顔をし、その視線を雪ちゃんへと向ける。
「この後はもう授業もないし、夏ちゃんにこの学校を案内しながら、お互いの自己紹介でもしない?」
そうして私への質問攻勢は一旦収束し、雪ちゃんの提案もあって、私たちは学校の施設内をブラブラと散策することになったのだった。