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コンプレックスガール  作者: ぴよ ピヨ子
第十一章:冬の始まり
203/241

第203話:ズ、ズズゥーーーー

 こじんまりとした部屋の中で、私は武井先輩と向かい合う。空になってしまったコップを挟んで、私たちは向かい合う。


「「・・・・・」」


 真剣な表情を浮かべ、ぎゅっと唇を引く結んだ先輩。そしてそんな先輩の前で、私は内心困惑していた。


(ど、どうしよう・・・。本当にどうしよう・・・。武井君のことについて色々と教えてほしいと言われても、特に知ってることもないし・・・)


 気マズい、ただただ気マズい・・・。


「何か、飲む?」

「いや、えぇ~と・・・」


 じゃあとりあえず、レモネードをもう一杯・・・。


「「・・・・・」」


 そうして超気マズい空気が漂う中で私は現実逃避するかの如く、その意識を過去へと飛ばすのだった。



 *****



 私が武井君という存在をハッキリと認識したのは、確か中学生に上がったばかりの頃。私が陽介と共にサッカー部へと入部した時のハズだ。

 武井君とは通っていた小学校が同じはずなのだけれど、そのことについては正直全く記憶にない。小学生時代の私は男子たちからチビチビ言われて虐められていたため、男子たちとは距離を取っていたからなぁ・・・。


 そんなわけで、私の中での武井君の印象はあの怖い顔と荒い言動と大きな体だけ。先輩が言うところの優しい武井君というものを、私は全然全く想像できないのである。


 私がとある事件を切っ掛けにして転校するまでに約一年と半年ほど、その中で武井君と直接的な関わりがあったのは部活動中だけだった。彼とはクラスも違ったし、仲が良かったわけでもないので休日に一緒に過ごすこともなかったから当然なのだけれど。

 だから私は武井君について本当に何も知らないし、それは私の幼馴染にとっても同じだろう。そもそも武井君は陽介に対してツンツンしていたし、だからこそ二人の距離は離れていたしね。


 それでも一応一年生の時はもう少し大人しかったというか、あの頃はまだ三年生たちもいたし、試合の時なんかは上級生たちが優先的に出ていたから。武井君や陽介は頭一つ以上抜けてサッカーが上手かったのだけれど、それでも二人が試合に出ることはなくて、だからこそ武井君のラフプレーも目立たなかったんだよねぇ・・・。

 そんな中で武井君のラフプレーや荒い言動が目立つようになったのは、三年生が抜けて彼が試合に出るようになって、確かその頃からだったような気もする。三年生が抜けたことで一年生たちにもレギュラーのチャンスが訪れて、数少ないその座を巡って熾烈な争いが一部部員を除いて行われていて・・・。


 今思えば、あの頃の部活は殺伐としていたなぁ・・・。顧問の池田いけだ先生がガチ勢だったというのも大きいのだろうけれど、武井君を中心に一年生たちも本当によく頑張っていたと思う。


 毎日遅くまで走り込みやドリブル練習して、時には朝練までして・・・。勿論土日祝日も部活漬けで、暑い日も寒い日も毎日毎日部活で・・・。

 あまりヤル気の無かった私でさえあの頃は必死だったし、そうせざるを得ない空気が漂っていた。同じ部活動でも全くヤル気が無くて緩い雰囲気であった女子バドミントン部のことを、あの時は本当に羨ましく思ったものだ。


 私は体が小さくてフィジカル弱弱だったので練習試合の時とかは生傷が絶えなかったし、本当に毎日ヘトヘトだった。そんな環境で武井君は笑っていて、とても楽しそうで・・・。


 武井君は、本当にサッカーが好きだったんだと思う。彼について殆ど何も知らない私なのだけれど、それだけは分かる気がする。

 あんなにもキツい練習の中で楽しそうに笑い、がむしゃらにボールを追い掛けていって、そのボールをゴールポストの中へと叩き込んで・・・。


 それなのに、あんなにも頑張っていたのに・・・。練習中や試合の時に武井君のラフプレーが増えてきて、荒い言動も増えてきて、そのせいなのか相対的に陽介の評価が高まっていって・・・。


 サッカーの上手さという点では、恐らく武井君が上回っていたんだと思う。技術的なことだけじゃなくて、彼には大きな体による圧倒的なフィジカルの強さがあったからね。

 でもだからこそそのフィジカルの強さを活かしたラフプレーは悪目立ちし、池田先生からも不評を買ってしまった。陽介が色々と面倒臭がって辞退しなければ、武井君が部長になることはなかったのかもしれない。


 武井君は他の同級生サッカー部員たちからも、あまりよく思われていない節があった。それは当然本人や顧問の池田先生にも伝わっていただろうし、だからこそ池田先生は事あるごとに武井君を呼び出して話していたのだろう。

 だけど結局、それも伝わらなかったらしい。結果的に武井君は他校との練習試合中にラフプレーによって相手を怪我させてしまい、そして・・・。



 *****



 三杯目になるジュースを、先輩は啜っている。私が一人回想に耽っている間も、先輩はストローを咥えながら真剣な眼差しを私に向けている。


「あの、先輩?」

「ズズゥーーーーッ」

「・・・・・」

「ズズゥーーーーッ」


 彼女にとって、武井君の存在は大きいのだろう。私は一人っ子なのでその辺の感覚は解らないのだけれど、先輩にとって実弟である武井君は本当に大切な存在なのだろう。

 だからこそ、私も下手なことは言えない。武井君について深く知っているわけではない私が、軽々しく彼のことについて語るのは良くない気がする。


「私は、先輩の弟さんのことについては本当に知りません。申し訳ないのですけれど・・・」

「ズズゥーーーー」


 それに、そもそも私は夏樹ではなくて、夏姫だから・・・。夏樹という存在は、もうこの世のどこにも存在しないから・・・。


「そっか、そっか・・・」

「・・・・・」

「何て言うか、ゴメンね?」

「・・・・・」


 そうしてまた、部屋の中に気マズい沈黙が舞い降りたのだった。

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