第202話:やさ、しい?
駅前にあるファミレスで不穏な遣り取りをしていた私たちは、場所をカラオケ店へと移していた。先輩の理詰めによって徐々に余裕をなくした私はついにその涙腺が決壊し、それを見た先輩は焦った表情を浮かべながら私の分も纏めて会計を済ませ近くのカラオケ店へと駆け込んだのである。
「いや、あの・・・。夏姫ちゃん?」
「うぅ~、ぐすっ・・・」
「えぇ~と、私は別に脅しとかするつもりじゃ・・・」
「シクシクシク・・・」
次から次へと、涙が溢れてくる。先輩の話を聞こうと頑張りはするのだけれど、私の涙腺は言うことを聞いてくれない。
「いやゴメンって?!ちょっと泣き止んでよ?!」
「うぅ~~」
「私が悪かったから?!ちゃんと謝るからさ?!」
「シクシクシク・・・」
狭い部屋で、二人っきり・・・。本来であれば二人の歌声が響き渡るのであろうその部屋で聞こえるのは、焦った様子の先輩の大声と私が鼻をすする音だけ・・・。
「「・・・・・」」
そうして、気マズい時間が過ぎていく。時間だけが、過ぎていく。
「あのさ、ちょっとだけ、話を聞いてもらってもいい?」
「・・・・・」
「聞いてくれるだけでいいから、ね?」
「・・・・・」
未だに涙の止まらない私は、小さく頷く。
「・・・・・。ありがとう・・・」
そんな私に先輩は小さく頷き返し、そして語り始めた。
「さっきも話したんだけど、私には一つ年下の弟がいるのよ。その子はサッカーが大好きで、それ以外は何もないバカなんだけどさ」
「・・・・・」
「私、弟のことが心配なんだよ。あの子にはサッカーしかなくて、なのに今はそのサッカーができなくて・・・」
テーブルの上に置かれたドリンクを眺めながら、先輩はポツポツと語る。
「私のお父さんはね?昔サッカーをやってて、高校とか大学の時には大きな大会とか出てたらしいんだよね。それで私たちが小さい時には大きな運動場に連れて行ってもらって、一緒にサッカーして遊んでもらって・・・」
「・・・・・」
「その影響なのかは分からないんだけどさ、弟は小さい頃からサッカー好きになって、それを見たお父さんも喜んで・・・。それでクラブチームにも入って、大会の時には家族皆で応援に行って・・・」
そこで一旦話を切って、先輩はその手をテーブルに伸ばす。彼女は頼んでおいた炭酸入りのドリンクを一息で飲み干し、再び語り始めた。
「ゲフッ・・・」
「・・・・・」
「ごめんなさい・・・」
「・・・・・」
そこから先の話は、以前陽介から聞いた通りの内容だった。武井君は大好きなサッカーを続けるべく中学進学時にサッカー部へと入り、そして、色々とあって今に至る。
「弟が荒れ始めたのは中学に上がってからで、その理由が私にはイマイチ分からなくて・・・。本人に直接訊いても教えてくれないし、サッカー部だったクラスメイトにもそれとなく訊いてみたんだけど理由はハッキリしないし・・・」
「・・・・・」
「中学二年の時に練習試合で相手を怪我させちゃって、それでお父さんやお母さんから物凄く叱られて・・・。それが切っ掛けで大好きだったサッカーも辞めさせられちゃって・・・」
「・・・・・」
正直な話、武井君が荒れていた理由については私もハッキリとは分からない。強いてその理由を挙げるとするならば、同い年でサッカーも同程度に上手かった陽介への嫉妬、とか?
「昔は、そんなことする子じゃなかったのに・・・。弟は体は大きかったけど、とても優しい子だったのに・・・」
私は、中学時代の武井君について回想してみる。その結果、記憶の中の彼からは優しさという文字は全然全く微塵も想起されなかった。
「だから、私は知りたいの。どうして弟があんな風に変わっちゃったのか、何が切っ掛けで優しかった弟が変わっちゃったのか」
「・・・・・」
「お願い、話を聞かせて!私はどうしても、弟のことが知りたいの!!」
鬼気迫る表情で、そう述べる先輩。そんな先輩を前に私はただただ戸惑い、心の底から困惑するのだった。