第193話:曲解
今の時間は、午後の十八時過ぎ。思いの外長引いてしまった文化祭の会議の影響で、外はもう真っ暗である。
そんな真っ暗な外を蛍光灯で照らされた廊下から眺めながら、私たちは下駄箱へと向かう。先程まで意気消沈していた眞鍋さんも今は持ち直しており、そのまま二人で仲良く帰宅しようとなったのだ。
「結局、鈴木君とは一言も話せなかったなぁ~」
「まあ、今日は仕方ないんじゃない?私たち一年は、特に発言する必要もなかったしさ」
私たちの他に、廊下を歩く人はいない。殆どの人はもう帰ったか部活に行ったかしてるだろうし、先程会議に参加していた人たちも眞鍋さんが立ち直るまでの間の時間で帰宅してしまったことだろう。
だから、下駄箱でその人物の顔を見た時は本当に驚いた。私の身バレを防ぐため、学校にいる間私と彼は意図的に距離を取っていたのだから。
「よ、陽介?」
「お、おう」
「もしかして、待っててくれたの?」
私の問い掛けに、陽介はバツの悪そうな顔をしていた。
「会議が終わった後も多目的室に残ってたみたいだし、それに・・・。帰り際に下駄箱を確認したら、まだ靴が残ってたから」
えぇと、それってつまり、私の下駄箱を開けて確認したってこと?
「「えぇ・・・」」
私は思わず、渋い顔をしてしまう。私の隣にいた眞鍋さんも、微妙そうな顔をしていた。
「いや別に、変なことしてたわけじゃないからっ?!」
「「・・・・・」」
「ただ、さっきあんなことがあったからさ」
あ、あんなこと?
「えぇ~っと、だから・・・」
あ、あぁ・・・。あれか・・・。
「だからまあ、教室とかで落ち込んでるんじゃないかって・・・。それに、外も暗いしさ」
陽介は、私のことを心配してくれていたらしい。私は先程大勢の前でオナラをしてしまったことになっているので、小心者の私が傷付いて落ち込んでるんじゃないかって・・・。
「陽介・・・」
この感情は、何ていうのだろう。嬉しい気持ちも確かにあるのだけれど、その一方で何とも言えないこっ恥ずかしさというか、やりきれなさというか・・・。
「とにかく、もう帰ろう。これ以上暗くなる前に」
胸中複雑な思いを抱えつつ、私は駅へと向かう。陽介と眞鍋さんと三人で並びながら、駅のホームへと向かう。
「「「・・・・・」」」
帰りの電車に乗って、目的の駅へと辿り着いて・・・。
「あの、本田君?」
それぞれの家へと向かって歩き出そうとしたまさにそのタイミングで、眞鍋さんは懺悔する。
「実は、さっきの・・・」
どの程度本気なのかは分からないけれど、眞鍋さんは私と陽介の仲をよく揶揄ってくる。でもだからこそ、黙っていられなかったのかもしれない。
「さっきのは、夏姫ちゃんがしたわけじゃなくて・・・。実は私のオナラで・・・」
「・・・・・」
「だから、幻滅しないであげてほしいっていうか。寧ろ私は助けられたっていうか・・・」
真鍋さんの言葉に、陽介は小さく頷く。それを見た眞鍋さんは安心したような表情を浮かべ、そして、私に向き直りサムズアップする。
「なっちゃんも、ガンバ!!」
真鍋さんはそれだけ言うと、大きく手を振りながら元気よく駆けていった。
「眞鍋さん、友達思いの優しい人だな・・・」
しみじみとした声色で、陽介は呟く。
「夏姫?」
「な、何?」
「今度からは、我慢しないで早めにトイレ行けよ?」
「・・・・・」
全くもって残念なことに、眞鍋さんの言葉は曲解されたまま伝わったようである。何か可哀想なモノを見るような陽介の視線に私は羞恥と悲しみと怒り、その他色々な感情で頭がグチャグチャになり、そして・・・。
「・・・・・。ばか・・・」
「え?」
「陽介のバカァーーーーッ!!」
「・・・・・」
ポカンとした顔をする陽介をその場に残し、私は泣きながら夜の歩道を駆け出すのだった。